プーチン大統領 08年退任後 院政意欲

2006年10月30日 朝日新聞

【モスクワ=駒木明義】ロシアのプーチン大統領が、08年の大統領辞任後も政界に影響力を残す意欲を表明し、波紋を広げている。日本や中国と異なり、ソ連・ロシアでは一線を退いた後に「院政」をしいた指導者はかつていなかった。しかし、権力のあまりの一極集中ぶりを背景に、ロシアではプーチン氏の発言が現実味をもって受け止められている。

「皆の信頼で影響力」 高支持率・権力集中背景に

 問題の発言は、25日のテレビの生放送中に飛び出した。全国各地の国民からの質問に大統領が直接答えるという企画。2期8年の大統領任期が切れる08年以降の見通しについて、プーチン大統領は次のように語った。

 「憲法は3回続けて立候補する権利を私に与えていない。しかし、大統領としての権力を失った後も、私には政治家にとって最も大切なものが残る。みなさんからの信頼だ。これを使えば私はみなさんと共にロシアの未来志向の発展のために影響を与えられるだろう」

 自信たっぷりの口調。昨年9月に同様の質問に「軍人が言うように(辞任後に)私は『隊列の中に居場所を見つける』だろう」と答えたのとは様変わりだ。クレムリンに近いある政治評論家は、今回の発言の前から「プーチン氏はロシアの訒小平になろうとしている」と、一切の役職を退いた後も最高実力者として君臨した中国の訒氏の例を引いていた。

 高い支持率が自信を裏付けていることは間違いない。5月の世論調査では、59%が憲法を改正してプーチン氏が3期務めることを支持した。

 一方でロシアの専門家の多くは、プーチン大統領自信が築いた権力集中が「院政」の必要性を招いていると説く。

 天然ガス独占企業ガスプロムの会長をメドベジェフ第1副首相が務めているように、プーチン政権下では、政府高官がエネルギー部門を中心に戦略的な政府系企業の役員を兼務するケースが相次いでいる*1。政府の客観的・公正な政策判断に疑念を抱かさせる体制で、政権内で利害が対立する局面もある。そうした場合、調整できるのはプーチン氏1人だと衆目が一致する。有力者らはプーチン氏の退場で今の利権構造が崩れるのを恐れているのが実態だ。

 エリツィン前政権時代、大統領と対立して政治危機を引き起こした議会も様変わりした。与党「統一ロシア」が下院の3分の2を制する上、来年の下院選では小選挙区を廃止、比例区でも議席獲得に必要な最低得票率を5%から7%に引き上げ、政権に批判的な小勢力を締め出す構えだ。

 ささやかれるシナリオはこうだ。側近のイワノフ副首相兼国防相やメドベジェフ氏を後継大統領に据えて、自身はガスプロム顧問、統一ロシア党党首、下院議長、首相などの座に納まり影響力を行使する――。政治評論家のマカルキン氏は「石油の暴落などの非常事態が起きない限り、後継者はプーチン大統領の指示に従うだけだろう」と予測する。1期において2012年の大統領選への再立候補を期待する声さえある。

 ただ、プーチン氏も当初はほぼ無名の存在だった。「誰が大統領になっても遠からず自ら権力を行使するようになるはずだ」(日本の外交筋)との見方も根強い。

*1:【政府系企業の要職を兼務しているロシア政府高官】■メドベジェフ第1副首相 天然ガス独占企業ガスプロム会長 ■フリステンコ産業エネルギー相 石油パイプライン独占企業トランスネフチ会長 ■ジューコフ副首相 ロシア鉄道会社会長 ■ソビャニン大統領府長官 核燃料会社トベル会長 ■セチン大統領府副長官 石油会社ロスネフチ会長 ■ビクトル・イワノフ大統領補佐官 アエロフロート航空会長 ■シュワロフ大統領顧問 海運会社ソフコムフロート会長