「暗殺大国ロシア」

「人々に影響を与える方法は三つ、脅しとウォッカと殺しの恐怖」(ロシア大統領プーチン

 学術新書からすごいタイトルの本が出版されました。寺谷ひとみ著、「暗殺大国ロシア―リトヴィネンコ毒殺とプーチンの野望」
http://www.bk1.co.jp/product/2794564

 タイトルに一目惚れをしてさっそく読むことに。以下に書評をアマゾン風に書くと・・・。


 ★★★☆☆ ロシアを世界の密室にしないために 2007/06/27

 一言でいえば勉強になる本だと思う。ところどころ首をかしげるような記述もあるが、リトビネンコ事件に始まり、ユコス解体の経緯や、オルガリ*1やシロヴィキ*2、シロヴァルヒ*3の台頭といったロシアの政治的・経済的な裏事情が詳しく解説されていて、プーチン政権下のロシアを手っ取り早く知ることができる。

 チェチェン関連の話では、第二次チェチェン戦争の引き金の一つとなった1999年のモスクワアパート連続爆破事件や2002年のモスクワ劇場占拠事件がFSBの自作自演だったとするリトビネンコの証言が紹介されている。2つの事件を調査していた国会議員のセルゲイ・ユシェンコフやノーヴァヤ・ガゼータ紙副編集長のユーリ・シチェコチヒンが、2003年にそれぞれ射殺、毒殺された件も大きく取り上げられている。

 けれども一方で、著者はチェチェン戦争を「きわめてマフィアがらみの戦争」として、300年にわたるロシアのチェチェン侵略の歴史や、チェチェン一般市民に対する現在進行形の人権侵害にはほとんど触れていない。著者のこうしたスタンスは、チェチェン問題に限らず、本書が全体としてプーチン政権に対する批判的分析の枠を越えていない点に端的に現れていると思う。

 もちろん現状を批判的に分析することは、あらゆる行動の指針として必要な前提条件だが、リトビネンコ事件についての本書の結論が、「今後も、真犯人が現れたり、明らかにされたりすることはないだろう。それほどリトヴィネンコの毒殺は、計画性をおび、根が深い問題である」というのは、あまりに自らが批判する現状に対して物分かりがよすぎやしないだろうか。著者の言うようにたとえロシアで反プーチンが抹殺される運命にあるのだとしても、否、そうであるならなおさら、ロシアの外にいる私たちがその現実を黙認することはおかしい。

 むしろ、ロシアは恐ろしい国だから、リトビネンコを殺害した真犯人(あるいはポリトコフスカヤの暗殺犯やチェチェン戦争の責任者)が処罰されることはあり得ないと、国際社会が諦めてしまうことの方が、よほど「根が深い問題である」と思う。なぜなら、私たちはそのとき、チェチェンを密室化してきたロシアという国そのものを、世界の密室に変えることに手を貸してしまうから。

 本書をどのように行動に結びつけていくのか。読者にもっとも問われているのは、知識を実践につなげる回路を見つけることだと思う。(邦枝)

*1:ロシア新興財閥。ボリス・ベレゾフスキーやミハイル・ホドルコフスキーなど。

*2:FSB、GRU、内務省検察庁などの権力機関の出身者。ウラジーミル・プーチン大統領や、チャイカ検事総長、セルゲイ・イワノフ第一副首相、ニコライ・パトルーシェフFSB長官など。

*3:「シロヴィキ」+「オルガリヒ」から生まれた新語。「権力をもつ実業家」のこと。