『ロシア闇の戦争』書評

ootomi2007-07-19


 201×年、日本国内で大規模な連続テロが発生。日本中がパニックに陥る中、政府与党はテロを北朝鮮工作員の犯行と断定し、金政権への強硬政策を訴えて選挙に圧勝した。ところが、日本軍が北朝鮮に侵攻し、国民が戦争を支持するきっかけとなったテロ事件は、実は北朝鮮によるものではなく・・・。

 いきなり出来の悪い例え話で申し訳ない。けれど、これは、バカバカしいわりには、そう現実離れもしていないシナリオだ。少なくとも1999年のロシアではそうだった。


 本書『ロシア闇の戦争』は、元FSB情報局員アレクサンドル・リトビネンコの内部告発にもとづくFSB犯罪白書である。リトビネンコは2006年11月23日、亡命先のロンドンで暗殺された。遺体から特殊な放射性物質が検出され、英検察庁は元KGB職員を容疑者に特定したが、ロシア当局が容疑者の身柄引き渡しを拒否したため、捜査は事実上打ち切られている。

 チェチェン戦争はFSBによって起こされた――というリトビネンコの主張は、チェチェン戦争への国民的支持を取りつけることで、それまで無名だった元FSB長官プーチンが大統領の地位に登りつめたこと、そして、プーチン政権のもとでアンナ・ポリトコフスカヤを始めとする体制批判者が次々と殺されているロシアの現状を見る限り、きわめて信憑性が高いと思う。とりわけ、1999年から続いている第二次チェチェン戦争のきっかけとなったモスクワのアパート連続爆破事件とチェチェン過激派によるダゲスタン侵攻にFSBが直接的・間接的に手を下していたという指摘は、プーチンのロシアとチェチェン戦争を考える上で避けては通れない。

 そうしたわけで、本書はチェチェンを知るための必読書でもあるのだけれど、本書をチェチェン戦争を終わらせるための参考書にできるかどうかは、一人一人の読者にかかっていると思う。私たちは、本書を開いてロシアの闇を知り、そして本を閉じるようにそれを封印してしまうこともできるだろう。けれど、私たちはもう知っている。その闇の中にチェチェンの人々が生きているということを。(邦枝律)