「恐ろしい国」ロシア

必要なのは空港や豪華なホテルではなく法律だ
http://www.nikkeibp.co.jp/news/biz07q3/541450/

* 2007年8月2日 木曜日
* FINANCIAL TIMES

 英国とロシアの対立の中で起きた外交官追放合戦は、反射的に冷戦の記憶を呼び覚ます。だが、これは誤解を招く反応である。ほんの数分で数千発の核ミサイルが降り注ぐという息が詰まるような恐怖は、今は存在しない。米国とロシアは今も世界を何度も吹き飛ばせるだけのミサイルを保有しているが、それが呼び起こす恐怖はほぼ消え去った。

 東西のイデオロギーの対立も消えた。第2次世界大戦から数十年を経て、イデオロギーなしでも米ソが世界の覇権を争った可能性はある。だが、資本主義と共産主義の思想の衝突は対立の行方を読みにくくする。ベトナムアンゴラ、チリ――。どの国も一触即発の状態で、冷戦はあらゆる国を巻き込むものだった。

国家関与の暗殺の歴史

 しかし一方で、今のロシアの行為の多くが冷戦時代に根差すのも事実である。その最たる例が元国家保安委員会(KGB工作員のアレクサンドル・リトビネンコ氏がロンドンで毒殺された事件の取り扱いだろう。

 英国検察当局は、やはり元KGB工作員アンドレイ・ルゴボイ氏を殺人罪で起訴した。英当局はルゴボイ氏とロシア政府との関係を示す証拠を見つけていないが、捜査協力に消極的なロシア側の姿勢自体が法の支配に対する挑戦である。

 ロシア政府はルゴボイ氏を擁護し、引き渡しの可能性すら否定している。プーチン氏は法的にはルゴボイ氏の責任を負わないものの、倫理的には、殺人を武器として容認するエリート層の指導者として責任があるはずだ。
 暗殺は政治と同じくらい古い。だが、ソ連とその同盟諸国は特に冷酷に世界中で敵を追った。国家が関与した暗殺事件は、1940年にレフ・トロツキー氏が殺害された事件に始まり、80年代まで続いた。81年のヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂は、ブルガリア秘密警察の仕業とされた。

 国外で殺害を計画した国はほかにもある。例えば米国はかつてキューバのフィデロ・カストロ議長の暗殺を検討したし、イラクサダム・フセイン大統領(当時)の暗殺計画も立てていた。

 しかしソ連ほど執拗に外国にいる敵を追った国はない。同時に、数百万人もの自国民を殺害したり虐待したりしたのもソ連だけだ。こうした抑圧は53年のスターリンの死で終息したものの、最後の政治犯は80年代まで釈放されなかった。

 ロシア指導者層はソ連時代の犯罪をやめると誓ったが、ソ連の権力の中核を成したKGBを解体しなかった。代わりにKGBロシア連邦保安局(FSB)に姿を変え、ウラジーミル・プーチン氏ら元KGB職員がソ連崩壊後のロシア国家の主要ポストを占めた。

 2004年、元チェチェン大統領のゼリムハン・ヤンダルビエフ氏がカタールで暗殺されると、ロシアが暗殺をやめるという希望は打ち砕かれた。この事件では、2人のロシア人エージェントが有罪判決を受けている。

 国家関与の有無を問わず、司法管轄外の殺人はロシアの評判を傷つける。ロシアは今、超大国としての名声を取り戻し、旧ソ連圏で支配的な地位を再構築しようとしている。政府は軍事力で米国と争えないことは承知している。

 ロシアの軍事費は米国の5%程度で、老朽化した核弾頭を交換するだけでも金銭的、技術的な苦労に見舞われる。また、ロシア政府は他国の侵略には大きな問題が付きまとうことをアフガニスタンで学んだ。

 そこでロシアは非軍事的な権力を振るうことを目指し、プーチン氏はエネルギー供給国としての役割を武器にそれを成し遂げようとしている。ロシアは近隣諸国を虐げてきたが、その最大の狙いはガスプロムやロスネフチなどのロシア企業を世界クラスの上場企業に仕立て上げることだ。プーチン氏は非軍事的な競争ではカネがモノをいうことを知っている。