独立派大統領の兄、親ロシア派政権の手に

8月18日、「チェチェン独立派大統領、ドク・ウマーロフが投降」という衝撃的なニュースが、ロシアのメディアで取り上げられた。だが、チェチェン親ロシア派首相のラムザン・カディーロフ筋によるこの情報は、後に誤報だということが判明。自主的に投降を申し出たとされるのは、ドク・ウマーロフ本人ではなく、1年半前に治安当局に誘拐されて以来行方不明になっていた彼の兄だった。


8月23日付のプラハ・ウォッチドッグの記事によると、ドク・ウマーロフの兄、アフマッド・ウマーロフの「投降」は、当局が宣伝するような「自主的」なものではなく、単なる「ヤラセ」である可能性が高い。ドク・ウマーロフの兄と父親、妻、生後6ヶ月の息子、2人の甥は、1年半前に一斉に誘拐されており、妻と息子はその後解放されたが、兄と父親、2人の甥の消息はまったく不明のままだった。さらに、アフマッド・ウマーロフは今まで戦闘に参加した経験がなく、そもそも親ロシア派に「投降」する理由もない。では、1年半の間監禁されていたであろうドク・ウマーロフの兄の存在をこの時期に公にしたラムザン・カディーロフの狙いはどこにあるのだろうか?プラハ・ウォッチドッグは、以下の可能性を指摘する。
(1) チェチェン独立派との交渉役として利用するため
(2) チェチェン独立派に対する人質として利用するため

けれども、チェチェン親ロシア派政権は、「恩赦」宣言によって、(事実はどうあれ)すでに多くの独立派戦闘員が投降したと発表している。ここで独立派に対して交渉を呼びかければ、「恩赦」宣言の効果は過大広告だった、と自ら認めるようなものである。したがって、カディーロフがチェチェン独立派に対して体面を取り繕いたいのであれば、(1)の可能性はあまり高くないのではないだろうか。

一方、ドク・ウマーロフの兄が誘拐され行方不明になっている間に、ドク・ウマーロフの地位が飛躍的に向上した(チェチェン独立派の指導者が次々と殺害された)ことを考えると、アフマッド・ウマーロフの人質としての価値は誘拐当時より現在の方がはるかに高いと言える。それにしても、カディーロフはいわば切り札としてこれまで彼を監禁してきたはずで、この時期にその切り札を見せるというのは、(1)と同じ理由からあまり戦略的でないような気がしてしまう。

ただし、カディーロフ自身に体面を気にする余裕がなくなってきている場合には、(1)の可能性も(2)の可能性も決して低いとは言えない。その場合には、彼が独立派大統領の兄の身柄を押さえているという事実を公表することは、チェチェン独立派に対する恫喝というより、むしろロシア政府に対して自身の存在価値をアピールする側面が強いと思う。いずれにせよ、現在の状況では憶測するしかないが、シャミーリ・バサーエフの死が一つの転機となって、チェチェン情勢は新たな段階に入っているのかもしれない。