「『勝者の歴史観』に歯止めを」

今朝の読売新聞におもしろい記事があったので紹介します。「どの国も自国に都合の悪い歴史からは目をそむけがちだ。だが、相手国に一方的な歴史解釈を押しつけるだけでは問題解決は望めない」。まさにその通りだと思います(邦枝)。

2007年5月21日 読売新聞

「勝者の歴史観」に歯止めを(モスクワ支局長 瀬口利一)

 モスクワの斎藤泰雄・駐ロシア日本大使は最近、思わぬ"不眠症"に悩まされたという。
 大使公邸に隣接するエストニア大使館をロシアの若者約300人が取り囲み、昼夜、大音量の音楽を流して、エストニア非難のスローガンを連呼したからだ。
 エストニア政府は先月下旬、首都タリン中心部からソ連軍戦勝記念の銅像を撤去、移設した。これに対するロシア国内の反応は尋常ではなかった。若者たちは大使館に投石し、エストニア国旗を焼いた。マリーナ・カリユランド駐露大使の記者会見場に乱入して暴れた。大使は「休暇」名目で国内退避を余儀なくされた。露治安当局の取り締まりは形ばかりのもの。先月中旬、反政府デモを力で封じ込めたのとは大違いだった。
 デモ自体、異様だった。女子高生オリガさん(17)がミニスカート姿でたばこを片手に「ファシズム国家エストニアをつぶせ」と叫ぶ。「郊外の町から夜行列車で8時間かけて来た」と愛国心を誇るが、そばの友人は「仲間と騒げて楽しいから」と言う。
 大学生アレクサンドル・カザクさん(18)は「電話やメールで友達に声をかけて参加者を集めるのが役目」と話した。
 パンとジュースの差し入れが届き、野営用テント近くには簡易公衆トイレが置かれる周到さだった。相当の資金力をうかがわせ、若者の自発的な街頭デモとみるには不自然だ。
 新イズベスチヤ紙は、政府がお墨付きを与えたデモ参加者が「小遣い稼ぎのビジネス」と化していると伝えた。報酬は1人当たり500ルーブル(約2300円)前後という。若者たちは、政府の世論操作に動員されているフシがある。
 今回の反エストニア・デモは、プーチン政権を支持する青年組織「ナーシ」「若きロシア」などが呼びかけた。リーダー格のワシーリ・ヤキメンコ氏(35)は「銅像撤去は第2次世界大戦の結果を書き換えようとする動きだ」と露外務省の公式見解を代弁していた。
 ロシア政府は、「ソ連軍が欧州、バルト諸国をナチスから解放した」とする戦勝国史観に立つ。バルト、東欧諸国を「占領支配」した否定的側面には目をつぶる。
 歴史教科書を編集する高校教師イーゴリ・ドルツキー氏によると、プーチン政権下で歴史教育への干渉が強まり、エリツィン前政権時代に30冊前後あった国定教科書は7冊に絞られた。「正史」にそぐわない教科書は採用を取り消され、「教師の間にも戦勝国の美点ばかり教える自己検閲の風潮が強まっている」と同氏は危惧する。
 歴史認識を"独占"する政府が、言論統制や愛国教育を通じて若者にそれを教え込む――。2年前に中国国内で吹き荒れた反日デモ騒動と通じる構図がある。
 日本政府も「対岸の火事」では済まされない。プーチン大統領は05年11月の訪日前に、北方領土の帰属について「第2次対戦の結果で、議論の余地はない」と言い切っているからだ。
 どの国も自国に都合の悪い歴史からは目をそむけがちだ。だが、相手国に一方的な歴史解釈を押しつけるだけでは問題解決は望めない。来月、ドイツ・ハイリゲンダムで日露首脳会談に臨む安倍首相には、ロシアの歴史認識についてクギを差すのを忘れないで欲しい。