萎縮するロシア・メディア

 プーチン政権を厳しく批判してきたロシアの女性記者ポリトコフスカヤさんが射殺された事件から、七日で一年となる。ジャーナリズムへの深刻な危害に、国際社会のロシアに対する懸念は強まったものの、プーチン政権のメディア統制は事件後も緩む気配はない。事件がロシアの「言論の自由」に与えた打撃を検証した。(モスクワ・稲熊均)

ポリトコフスカヤさん 反骨の女性記者 射殺から1年

2007年10月7日 東京新聞

 ポリトコフスカヤ記者の所属していたノーバヤ・ガゼータ紙の編集局には現在、「ポリトコフスカヤ報道部」という名のセクションがある。
 政府や軍、治安機関の不正、チェチェンの親ロシア政権の残虐行為を暴いてきた同記者の調査報道を引き継ぐために誕生した部署だ。しかし、同紙のサカロフ副編集長は「彼女のような取材はできない」と明かす。
 政権の闇を告発する記事が減ったかわりに目立つようになったのが、チェチェン親ロシア政権のカディロフ大統領を評価する報道だ。ポリトコフスカヤ記者が生前、激しく批判してきた相手であり、射殺事件に関与したとも指摘される同大統領だが、最近の同紙はラティニナ政治評論員が「チェチェンに秩序をもたらした」と評価するなど、支持し続けている。

進む政権の「統制」/古巣の新聞も"転向"

 ロシア・ジャーナリスト連盟のヤコベンコ事務局長は、ノーバヤ・ガゼータ紙の「ひょう変」について、政権与党の幹部で有力実業家でもあるレベジエフ氏が同紙株の39%を取得した影響を挙げながらも、ロシアのジャーナリズム全体の問題として、こう指摘する。
 「彼女が殺されたとき、ジャーナリストは言論へのテロに対し団結しなければならなかったが、多くの記者はその死に冷ややかだった」
 実際、ロシアの報道機関の中では、記者活動とともに人権保護活動も続けていたポリトコフスカヤさんを「純粋な記者でない」とする批判が目立った。さらには米国籍を持っていたことから「米国のスパイ」とする中傷まで出ていた。
 事件を取り巻く言論界のこうしたムードから、「事件が誰にメリットがあったか明白だ」とヤコベンコ氏は強調する。
 「少なくともジャーナリズム自体がメディア統制の歯止めにならなかった。政権は好きなように統制を強化できた」
 非政府組織(NGO)の「言論保護財団」によると、ロシア国内で最近一年間で明らかになった権力機関による「検閲」は二十八件、記者の逮捕は七十五件に達する。
 有力なテレビ、新聞が政府系企業の資本傘下に置かれる中、唯一、自由なメディアとして残されていたインターネットへの検閲も進んでいる。さらにメディア統制による言論の危機を訴え続けているジャーナリスト連盟は、モスクワの国有ビルからの立ち退きを求められており、存続の危機に直面している。
 ヤコベンコ氏は言論界の行方をこう悲観する。
 「政権は、プーチン大統領に従順であれば利益を与え、歯向かえば排除するという政治手法を取っている。多くの報道機関も従順を選び、政権が満足するように自己検閲する。ポリトコフスカヤに代わりうる人間は少ない」

捜査混乱、黒幕も分からず

 ポリトコフスカヤ記者射殺事件

 昨年10月7日、ノーバヤ・ガゼータ紙のポリトコフスカヤ記者=当時(四八)=の射殺体が、モスクワの自宅付近で見つかった。同日はプーチン大統領の誕生日でもあり、政権批判で知られた同記者の殺害は「大統領を喜ばすため」とも、逆に「政権に打撃を与えるため」とも推測された。
 銃撃の実行犯や情報提供者として、犯罪組織員や連邦保安局(FSB)中佐、内務省少佐ら十人余りが今年8月末までに逮捕されたが、一部は釈放されるなど、捜査は混乱している。
 殺害を依頼した黒幕は依然、不明だが、捜査を指揮するチャイカ検事総長は「ロシアを不安定化させることを狙った海外在住のロシア人」と指摘。プーチン政権と敵対する政商ベレゾフスキー氏らを示唆した。