モスクワ劇場占拠事件から5年(3)

 日本の全国紙としてはおそらく初めて、モスクワ劇場占拠事件の5周年に関するニュースが報道された。23日付の産経新聞が掲載した「露特殊部隊の“無力化ガス”正体判明」という記事によると、ロシア特殊部隊が突入作戦の際に使用したガスは、「1滴で巨ゾウをも麻痺させる強力な麻薬性物質」だったことが判明したという。ロシア政府の代わりに、ガスの主成分を公表してくれた欧米の専門家調査団の仕事には敬意を表したい。・・・表したかったのだが、「欧米の専門家は、事件でのロシア側の作戦が『狡猾(こうかつ)な離れ業だった』と評価し、劇場を『血の海』としなかったロシア当局の判断が正しかったとの見解を示している」という最後の一文を読んで、その気持ちも吹き飛んでしまった。
 とりあえず、今思いついたことをそのまま書き留めておくけれど、ロシア当局が突入作戦でガスを使用した判断が正当化されるかどうかという議論には、絶対に欠かせないものがある。それは、「ロシア当局は人質の人命を尊重していた」という前提だ。
 つまり、ロシア当局が最初から人質の人命を尊重していなかったとすれば、ガスを使用した突入作戦はやむをえないものだった(作戦を実行しなければより多くの人命が失われたはずであり、ロシア当局はそうした状況に耐えられなかった)という主張それ自体が成り立たないのである。
 「ロシア当局は人質の人命を尊重していた」という前提を崩すには、事実をありのままに指摘しさえすればよい。たとえば:

  • 突入作戦は、アンナ・ポリトコフスカヤの仲介によって、ロシア軍のチェチェンからの一部撤退を条件に、ゲリラ側が人質の解放に合意した直後に行なわれた(当局は、ゲリラと交渉するほどには、人質の人命を尊重していなかった)。
  • ロシア当局が突入作戦で使用したガスは、解毒剤がない種類のものだった(当局は、解毒剤のあるガスを使用するほどには、人質の人命を尊重していなかった)。
  • 事件後5年を経て、いまだに67名が行方不明のままである(当局は、67名の生死をまともに調査しようとするほどには、人質の人命を尊重していなかった)。

 ・・・挙げていくと切りがないので、続きはこちらの記事で。
 いずれにしても、ロシア当局の主張する(突入作戦を行なわなかった場合の)架空のリスクを理由に、当局が実際に、そして故意に作り出した被害を正当化することはできないだろう。(邦枝律)