バビーツキ記者来日講演記録その2

(2005.10.26 講演 都内)

発表

バビーツキ:95年夏に樹立された親ロシア派の警察権力によって、前例を見ないほどの誘拐が横行しています。その犠牲者になっている人の多くは男性の、民間人です。いまだにそれらの犯罪が続行しているのですが、その誘拐はビジネス、身代金、のためであり、生きているときにも、死体でも、身代金は要求されます。また、拷問も行われています。警察権力が作った拘置所の中には、公式には存在しないことになっている施設もあります。そうした場所では地面に掘られた穴の中に、人々が閉じ込められています。そういった拷問の種類などについては、あまりに数が多いので紹介は差し控えますが、ロシアの人権団体メモリアル、アメリカのヒューマンライツ・ウォッチなどが報告しておりますので、それを参考にしていただきたいと思います。

私自身は、チェルノコーゾヴォというところにある収容所に入れられたことがあり、拷問の被害者になりました。ここで、何度も殴打を受けました。
チェチェン人の社会習慣にとっては耐えがたい性的虐待も行われています。

また、難民として国を出ることも禁じられています。99年に始まった第二次チェチェン戦争の最初の時期には、イングーシ共和国の難民キャンプに30万人もの人がいました。今はすべて閉鎖されています。キャンプの閉鎖によって、(難民が戻らされている)チェチェン共和国自体が、ゲットー化しているといっていい状況です。

また、ロシア連邦の中では、チェチェン以外の地域に移動し、生活することが困難な状況が作り出されています。

過去にも、チェチェン北コーカサスの人々は帝政ロシアによって国外に移住させられてきました。これはわたしの推測なのですが、今、同じことが起こされようとしていると思うのです。つまり、ロシアは外国への強制移住を黙認しています。チェチェン独立派の副首相で、イギリスに滞在しているザカーエフは、すでに20万人がヨーロッパに流出していると推定しています。ロシア以外の土地への移住を黙認することによって、情勢が管理しやすくするのを狙っていると考えられるのです。

なぜ今日もこんな状況が続いているかというと、ロシア国内のいくつかの問題が考えられます。

  1. 司法の独立がないこと。とくにチェチェンでは顕著です。
  2. 市民社会による、政府に対する監視が弱いこと。
  3. 政権から独立した政党、シンクタンクが少ないこと
  4. 政府に圧力をかけることのできる人権団体が少ないこと。

そのような問題によってチェチェンの状況があるのですが、政権側は、この嵐を食い止めるためには軍事力しかないということ信じているようです。

そして、新しい言葉が考え出されました。「チェチェン化」です。ロシア政府がチェチェン内に作ったさまざまな治安機関にチェチェン人を登用し、チェチェン人同士を対立させるという政策です。

結果、拷問、誘拐に関しては、ロシア軍より、そうしたチェチェン人の参加する治安機関によるものが残虐度の面で上回っています。それを指揮しているのが、親ロシア派のラムザン・カディロフ チェチェン共和国副首相です。

私は今起こっている状況を、チェチェン民族に対する「ジェノサイド」とまで呼ぶことはできないような気がしています。ただ、今の政策は「隔離政策(分割統治?)」と呼べるのではないでしょうか。多くのチェチェン人を外へ追いやり、内側では恐怖によってチェチェン人をコントロールしようというものです。たとえば朝家を出るときに、その晩無事に帰れると確信できるチェチェン人は一人もいません。

今後のチェチェン情勢がどうなるかを私なりに申し上げると、11月に、議会選挙が行われます。しかしそういうものが作られても、状況には変わりがありません。そうした表面的な変化があっても、恣意的な抑圧政策には変化がないからです。

地下の抵抗勢力は、北コーカサスの力関係をまったく変えてしまう可能性があると考えられます。マスハドフが殺された後、サドゥラーエフという人物が(独立派の)大統領になりましたが、「もうロシアとの対話の可能性はない、ヨーロッパにも、仲介の希望はない。今後は軍事力によってのみ解決を図る」と発言しています。

5月に、サドゥラーエフによって、チェチェン抵抗勢力の一つの部門として「コーカサス戦線」というものを設置する命令が下りました。これは、コーカサス各地のイスラム共同体に対して発せられたメッセージです。その動き自体は目新しくありません。チェチェン周辺では、急進的なイスラムを教える導師が増えています。

このことは、ロシア全体にとっての深刻な脅威になりうると思います。つい先日のナリチクの襲撃事件では、サドゥラーエフが命令したと声明し、バサーエフが計画したと声明し、その実行主体は「コーカサス戦線」だったということです。北コーカサス全体に、イスラム武装組織のネットワークを確立しようとしているのです。

彼らの目的は、チェチェンから、極限まで戦線を広げるということで、かなり成功していると言えます。実際にそれは、スタブロポリ地方との州境にまで届いています。私自身は、この状況のもとで、ロシアは北コーカサス全体を失ってしまうのではないかと思います。もちろんこれは、ここ2〜3年の間にそうなるという話ではありませんが、この状況でプーチン政権があくまで武力に固執するなら、ロシアにとって最悪の結果になると思います。

ためしに、ロシア連邦軍の軍事的・政治的成果と、チェチェン側のそれを比べてみるなら、ロシアは何一つ達成できていないと思います。チェチェン側は軍事的に強化されており、北コーカサス全体に戦線を拡大しようとしています。このままの状況が続いていくと、後戻りのできない状況へ、「ポイント・オブ・ノー・リターン」に至ってしまうでしょう。

質疑応答

Q:北コーカサスの、チェチェン以外の国々の人々は、チェチェンに対してどんな感情を持っているのでしょうか。

バビーツキ:北コーカサスに住む人々の多くはイスラムを信仰し、基本的にチェチェン人を支持しているのではないかと思います。ナルチクの事件はそれを明らかにしたと思います。ひとつには、社会的背景。行政の腐敗が蔓延していること、恣意的な政策が横行していること、そして失業率が極めて高いことです。もうひとつは、イスラムを信じる人々への圧制が存在することです。

そういった背景が、権力側に対する反発を強めており、他方で民主的な解決の枠組みがほとんどないことが、状況の悪化に拍車をかけています。ただ、ワハビズムなども、飛躍的に信者を増やしたり、人々の不満を取り込むことができているわけではありません。ロシア政府に対する反発が人々の心にあり、それに対抗する勢力として、武装勢力が存在する以上、そこに共感があつまるということです。

だからといって、イスラムの急進的な教義は普通の市民には浸透していません。多くの市民は社会的公正や生活の向上を求めているので、ロシアからの独立を願っているわけではありません。チェチェンに関しても、同様と思われます。

Q:チェチェンに石油はあるのか?

バビーツキ:石油はとれます。今も5000万トンが埋蔵されていると推定されていますが、決して多くはありません。石油もまた、犯罪の材料となています。精製された石油が不法にロシアに持ち込まれており、これを取り仕切っているのが、ロシア連邦軍ラムザン・カディロフです。

合法的な石油は、ロスネフチという企業を通して取引され、一部は共和国予算として戻されます。共和国政府は自ら石油による利益を管理することを望んでいますが、それについては何も合意に達していません。

失業率もとても高いです。グロズヌイ、アルグン、グデルメスなどが産業中心だったのですが、産業インフラは戦争によって徹底的に破壊され、まったく復興していません。かつては、チェチェンにはソ連でも第二位の精製工場があったのですが、戦争で破壊されてしまいました。

連邦予算はかなり振り分けられているのですが、有効に使われているとは言えません。

連邦は、破壊された家屋への保障をしています。金額は1万ドル程度、チェチェンでは大きな金額ではありますが、また家を建てられるような金額ではありません。

今年に入って、外国からチェチェンへの投資を可能にするためのプログラムが公開されましたが、この有効性は大いに疑問です。まともな企業なら、今のチェチェンに投資をすることなど考えないでしょう。

Q:ラジオ・リバティーについて

バビーツキ:ラジオ・リバティーは、アメリカ議会の助成金によって成り立っている放送局です。旧ソ連邦のすべての共和国の言語で放送が行われていて、今はイラン、イラク、アフガンでも放送されていますが、もっとも大きいのがロシア向けで、これは24時間放送しています。短波なので、聴取者は多くありませんが、短波ラジオがあれば日本でも聞けます。

CIS各地に中継局をおいていますが、ロシア側はこれらの局に圧力をかけていて、いくつかの局は契約を中断して中継をしていません。

米国の関心としては、最近ロシアの立場を支持しているので、リバティーは独立した放送局ではあるのですが、チェチェン問題についての姿勢は以前よりトーンダウンしています。

Q:チェチェン難民がロシア側に引き渡される可能性については? また中国はチェチェン問題をどう見ているか?

バビーツキ:難民がロシアに引き渡されるケースはあまり聞きません。ただ、難民認定が退けられて強制送還になるケースはあります。ヨーロッパ各国の政府は、チェチェン難民がチェチェンに戻った場合の危険を理解しているのではないかと思います。

中国に関してはあまり知りませんが、自国の中にも少数民族の独立問題をかかえていますから、ロシア政府の立場を支持しているのではないでしょうか。

Q:チェチェン独立派はアルカイダと関係しているのか?

バビーツキ:チェチェン武装勢力は2派に分けることができると思います。イスラムの急進派と伝統派です。急進派はアルカイダと似ていますが、組織としてはまったく別のものです。彼らの財源は完全に明らかになってはいませんが、まずロシア国内のチェチェン人社会からの調達が主ではないかと思います。過去、97年以降の戦争と戦争の間の時期には、海外のイスラム共同体から資金を得ていたかもしれません。

Q:チェチェンでは民主的な選挙は行われているのか

バビーツキ:私はロシアの行った大統領選挙を取材したことがありますが、ほとんどの人は投票所にも出かけていませんでした。投票者数などの数字はでっち上げだと思います。また、議会選挙も同様です。あらかじめ結果の決まった選挙を、人々が認めたがるはずがありません。

本当にチェチェン人の大半が独立を願っているのかどうか、明確な答えはありません。91年にドゥダーエフが大統領になった時以来、信頼できる世論調査がありませんから。私のこれまでの経験から言うと、何らかのかたちで連邦内にとどまりたいという人が多いです。

チェチェンは地理的に非常に重要な位置にあり、ロシアにとっては、これを失うと、さらに重要なカスピ海沿岸のダゲスタン共和国への回廊を失います。

仮にチェチェンが独立したとして、他の共和国がチェチェンを追うかというと、あれだけの犠牲を払ってまで独立したいと願う地域はありえないと思う。

Q:コーカサス戦線について、もう少し。

バビーツキ:コーカサス戦線は、北カフカスのさまざまな国にあるイスラムコミュニティー「ジャマート」を統一する組織で、これには異なるさまざまな民族が含まれます。ナルチクの蜂起事件の参加者のほとんどは、地元のジャマートに参加しているカバルジノ・バルカリアの人々でした。去年夏に起こったナズランの蜂起事件も、ほとんどはイングーシ人でした。

これらの動きを統括しているのが、チェチェン抵抗勢力だと言えます。ワッハーブの教義では、ジハードへのすべてのムスリムの参加を求めていますが、それは現地の人々が行うものとされています。

それらの動きは脅威になりうると、私は思っています。ただ、一般の市民が急進的な理念を理解・共感しているわけではないと思います。チェチェンでも支持はされていないと思いますが、ロシアの横暴に抵抗する勢力は他になにもないわけで、地域の守り手とみなされています。

Q:プーチンの支持率が高いのはなぜか?

バビーツキ:まず、ロシアに安定をもたらしたことがあります。ロシア人は、多少民主主義を犠牲にしても、明日どうなるか分からない状況よりは、安定を選んだことになります。そして、石油価格の高騰のおかげで、公務員の給料と年金を上げることができました。その金額は都市部ではどうということのないものですが、地方、農村部では効果が大きいのです。次に、マスコミ、テレビの報道を完全に手中におさめました。ロシアのマスコミは、現実諸問題についてほとんど報道せず、政府の政策の成功についてたくさんの情報を流しています。今日、テレビ局を手中に収めた者は、民衆の精神を手に入れたことになると、言えるのではないでしょうか。

こうして政権批判を最小限におさえることができたのが成功です。野党も存在しますが、政治的には蚊帳の外に置かれています。シンクタンクや人権団体も弱体であり、それらの独立系組織が西側から資金を得ていることがロシア国内では批判材料にされてしまっています。

国民とは、いつも健全な精神を持っているのではなく、しばしば政権に欺かれるものではないでしょうか。

Q:テロについてチェチェンの人々はどう考えているか

バビーツキ:テロとは民間の市民に対して行われるものですから、チェチェンの一般民衆は、治安機関などが攻撃されたとき、テロというよりは破壊活動だと捉えています。軍隊や警察こそが彼らを苦しめているのだから、自然な感情です。

ナリチクの襲撃事件では、軍事施設・治安機関などだけを攻撃しました。権力に対する反発の強い地方でのこうした行動は、人々にとって犯罪とはみなされません。もしこの事件で、学校やその他の公共施設が襲われていたら、まったく違う結果を導き出していたでしょう。彼らは共感を集められないはずです。

また、もしナリチクの戦いに参加したゲリラのほとんどがチェチェン人だったとしたら、カバルジノ・バルカリアの人々は、「チェチェンによる侵略」と受け取ったことでしょう。つまり、今の抵抗勢力は、民衆の反応を計算しつつ行動する能力を持っていることになります。

(文責:バイナフ自由通信社)