バビーツキ記者来日講演記録その3

(2005.10.27 報告会 終わりなきチェチェン戦争、強権化に向かうロシア社会 文京区民センター)

チェチェンはどう語られているか?

皆さんこんにちは、まずはじめに、こうしてお集まりくださったことについて、感謝を申し上げたいと思います。

チェチェンについてわれわれが語るとき、特異性そして、悲劇的な歴史性について焦点があてられることが多いと思います。また、戦争で殺された人の数によって、チェチェン人を説明することもあります。その数は、数万人から、もしくは数十万人と言われております。そしていま、チェチェン人は避難民の民族として語られます。自分たちと、祖先が生きてきた土地を離れて国外に出ることを余儀なくされている民族として語られます。
もしくは、破壊された村落にいるチェチェン人たちは、飢餓状態にあり、産業などのインフラ基盤もすべて破壊された国民として語られております。

何千人という人々が、行方不明となり、それを、兄弟や姉妹たち、あるいは娘たちが、ほぼ望みもなく、捜し求めている、そんな民族としても描かれます。

そういった悲惨な過去があるだけでなく、現在の希望も、将来の希望も見出すことができていません。現在大統領である、プーチン氏が、死と戦争による支配の政策から抜け出さない限り、この状態は続くでしょう。


そしてチェチェン国内での人権侵害の状況ですが、ロシア軍もしくはその他の治安当局によって引き起こされている事件などについて、特徴的な事件についてお話することにします。

今、林さんからチェチェンの様子のビデオが紹介されましたが、それについて、もう少し説明したいと思います。人権侵害が毎日のように続いているということに関しては、今日も変わることがありません。

掃討作戦と人身売買

拉致についてですが、多くの場合、夕方から夜間にかけて、場合によっては日中に行われることもありますが、自分の家にいるときに、どこの部隊に所属しているかの標識のない装甲車がやってきたり、ナンバーのない車がやってきたり、ロシア軍の人間なのか、それとも地元の親ロシア政権の警察・軍人なのかわからない服装をした人間たちがやってきて、家におしかけ、好き勝手に人々を拉致していくのです。

その大半のケースでは、なぜその人が拉致されなければならなかったのか、理由がわかりません。その人間が抵抗勢力側と関係していたということもなければ、とくにお金を持っていたとか、経営者であったりとか、そういう背景のないケースがほとんどですので、残された肉親たちはなぜその人が拉致されたかまったく思い当たるふしがありません。

拉致された人は、大半の場合、肉親たちが身代金を支払えば、解放されます。

拉致が起こった後、ある程度時間がたつと、拉致された人間が刑務所にいるとか、ロシア軍の施設にいるとか、もしくは親ロシアの地元の警察の施設にいるとか、そういったことが知らされます。

そのときに、身代金の額が提示されます。肉親たちはとうぜん、そのお金を集めるために奔走して、集めたお金を治安機関に渡します。拉致された人間は生きて戻ってくるのですが、被害者は拷問され、傷ついた姿で戻ってきます。

また、よくあるケースで、今のチェチェンでは不幸中の幸いと見なされがちなのですが、それは、身代金を払って、殺された人の遺体を引き渡してもらうというケースです。

なぜそれが不幸中の幸いかというと、肉親の手で埋葬できるからです。埋葬された人の魂が、墓の中で安らかに眠ることができる、そう思われているからです。

残されたケースですが、拉致された人間がまったく行方不明になってしまいます。もしくは、身元の分からない遺体の断片としてどこかに捨てられている。ただ、そのときにはもう、まったく人の判別のつかないものになっています。

こういった状況は、第二次チェチェン戦争が始まってからの6年半、変わっていません。量的にも変化はありません。そういったなかで、各人権団体はこの1年半の間に、拉致事件の当局への報告の数が減ったという調査結果を出しています。しかし、それは親ロシア派のラムザン・カディロフ第一副首相の一派によって引き起こされているケースがほとんどであり、チェチェンの一般人たちは、政府を通さず、自分たちでその拉致ビジネスをしている人々と話をつけて身内を取り戻そうとするためです。

拉致の目的はふたつあります。ひとつは金です。そこからもたらされるとてつもない収入が、ロシア軍、現地の治安機関の人間たちの懐を肥やしているのです。もうひとつはチェチェンの民衆をを管理しやすくするために、恐怖心を植え付けるということです。それによって、いまチェチェンの中で生活する人で、いまにも自分の家にロシアの警察、軍の手が及んでこないと確信を持っている人はひとりもいません。

そして人権侵害の状況の二つ目の側面ですが、それは、チェチェン人に対して行っている拷問です。

チェチェン人に対する拷問

その拷問が行われている場所はさまざまです。ひとつは公式に存在している刑務所、もうひとつは、ロシア軍がチェチェン領内各地に設置した拘置所とか、ときにはただ2〜3メートル地面に穴を掘った場所に屋根をつけて、捕まえてきたチェチェン人を放り込んでおくというところもあります。親ロシア派のカディロフ副首相の地元、ツェントロイ村にも、そういった拘置所が作られているという情報があります。

そこで行われているのは、情報を引き出すための拷問だけではなく、ロシアやチェチェンの軍人たちの趣味的な性格さえ帯びてきています。

もっとも頻繁に行われれるのは、捕まえた人間の体に電流を流すものです。

針金のようなものが口や生殖器の中に入れられ、220ボルトの電流が流されます。人間にとって耐えがたい苦痛を引き起こすものです。

もうひとつ、毒ガスマスクを頭にかぶせて、呼吸がなかなかできない状態にして放置し、窒息に近い状態にする、という拷問もあります。

軍人たちはまた、人の歯をへし折ったり、爪を剥いだり、筋肉の中の繊維に、洗剤を流し込む(洗剤を筋肉注射する?)という手法もあるということです。

拷問に関しては、このくらいにしておきたいと思います。拷問の種類を考え出す能力には、まったく限りがないというのが実情です。

つけくわえますと、特にチェチェンの女性に対して、性的な拷問を加えています。

しかし、その拷問の内容については、あまり知られていません。チェチェンの女性は、特に、そういった暴行を受けた場合に、なかなか真実を語りたがらない、隠したがるという傾向があるからです。

イスラムの伝統では、性的暴行の犠牲者となった女性は、永久に恥にさらされるというからです。たとえば地域の人々の耳に入った場合は、非常に恥ずかしい思いをすることになります。

チェチェンの「ゲットー」化?

チェチェン共和国というのは、きわめて小さい国なのですが、今、そのチェチェン共和国がゲットー化することに成功したと、言えると思います。

第二時の戦争がはじまったころ、隣のイングーシ共和国には、30万人ほどの難民がいたという統計があります。

しかし今日、イングーシ共和国にあったキャンプはすべて閉鎖されており、そこにいた難民たちは基本的にまたチェチェンに戻らざるをえない状況になりました。しかしチェチェンはとても生活に適した状況になっているとは、お世辞にもいえないものがあります。

またロシアのほかの地域に移り住もうとしても、安心して生きていられる場所はありません。チェチェン人は追跡調査をされ、住民登録もできません。仕事も、まずみつかりません。どの地域に行っても、権力側はチェチェン人たちを戦争の被害者として慈悲をもって扱うことはせず、すべて追い出すという政策をとっています。

ですので、チェチェン人は、難民としての権利も剥奪され、ロシア国内での移動の権利も剥奪され、チェチェンに閉じ込められている。しかもそのチェチェンでは、6年近く戦争が続いており、そこでは地元の親ロシア派権力による暴力が続いている。ですから、私はチェチェンのことを、「ゲットー」と呼んでいるわけです。

そしてロシアの一般市民に関しましては、ロシアの政府から流れてくるプロパガンダのなかにどっぷり漬かっている状態で、そこでのチェチェン像というのは、「チェチェン人は遺伝的に暴力的な人種、遺伝的に犯罪者になる傾向がある」そして、「チェチェンで起こっている事に関しては、チェチェン人たちが集団的に責任を負っている」、そういった宣伝でして、基本的にはロシアの社会がそのプロパガンダに賛同してしまっている、そういう状態だと思います。これらは、7年以上の間にわたって、テレビの画面から、新聞の紙面から、執拗に流されてきたものです。

私自身は、2年間、チェチェンで生活したことがあります。その間の観察ですが、チェチェン人は非常に勤勉な民族で、土地をしっかりたがやし、家畜を愛して育て、子どもたちも愛情を注いで育てて朝から晩まで一生懸命はたらく、とても勤勉な人々です。そういったことを考えますと、ロシアのほかの地域に住む平均的なロシア人と比べて、なんら変わることのない人々だと思います。

1年少々前に行われた国勢調査がありますが、今のチェチェンの人口はほぼ100万人いるということです。

その数については、基本的には共和国予算を多く取るために、多めに見積もられているのではないかと思いますが、一般に言われているほど水増しは多くないと思います。ただ、それに加えて、ヨーロッパ国内に住んでいるチェチェン人も、20万人ほどいるようです。

ヨーロッパに逃れたチェチェン人たちの将来

その20万人という数ですが、チェチェンの伝統的な価値観から考えると、とてつもなく大きい数字と言えます。といいますのは、自分の育った土地をとても大切にする人々で、特に、祖先の墓のある土地、に愛着を持って、強いつながりを持っている人種で、とくに、チェチェンの男たちは、「土地を離れて生きていい権利はない」とまで言うのですが、にもかかわらず、20万人もの人々がチェチェンから離れて生きているのです。

そういった流出の傾向は、第二次戦争の最初の数年間は、それほど顕著なものではありませんでした。というのは、ロシア軍とその権力がチェチェンに入ってきたときも、少し時間がたてば、それらの機関が目的を達成して、自分たちに対する暴虐をやめてくれるのではないか、あるいはチェチェンの状況を安定させ、法治国家を築いてくれるのではないかと、そういう希望を抱いていたからです。

しかし、プーチンが大統領になって以来、チェチェンで起こっている事態は、世界に対して隠されていました。また、法制度はまったく確立されず、犯罪に責任を持つ軍人たちや政治家たちを罰することもしてきませんでした。チェチェンをコントロールするのは力のみであると、そう考える大統領が権力の座にいる限りは、チェチェンの将来はないと、人々は考えているのです。自分自身はともかく、子どもたちまでもそんなチェチェンという場所にくくりつけておく意志を失ってしまいました。そんな中で、ヨーロッパへの人口流出が始まりました。この2年くらいの現象だと思います。

困難な時代を乗り越えられるのは、将来の展望に対する希望がある時だけですが、その希望がなくなれば、できることは、その土地を捨てることしかありません。

1年ほど前、グロズヌイで、ある女性が、私に「できるだけチェチェンからはなれたところ、遠いロシアの片田舎の誰も知らないようなところで、小さな家を1軒買って、そこで子どもを育てたい。もうチェチェンは呪われた土地で、これからなにもポジティブなものを生みださないからよ。」と語ったこともありました。

私個人はチェチェンという土地が呪われているとまでは思っていません。チェチェンに平和をもたらそうという一つ一つの努力が無駄になることなどないだろうと、思っています。遅かれ早かれ、チェチェンという土地にも平和が訪れ、故郷を離れることを余儀なくされたチェチェン人たちが戻ってくる日がくることを信じています。

今日のチェチェンをとりまく国際社会の状況についてチェチェン人自身が強く感じていることだと思うのですが、今のような状況に対して、ロシアという大国に対峙してまで強い批判の声を上げる国はない、と言っていいと思います。ですのでチェチェン人たちは、ロシアという大国と1対1で対決させられている、自分自身の力で生き残っていくしかないと、思わざるをえなくなっています。

しかしチェチェンにも、けっして将来がないわけではありません。ロシアはまず第一に、ヨーロッパに逃れた二十万に達するチェチェン人たちが、ロシアにとって、どのような脅威になるかを理解してしません。ヨーロッパで教育を受けた若者たちが、さほど遠くない未来に、国際政治という場において、大きな政治的ロビーになりえます。そしてゆくゆくはチェチェンに帰り、新しい理念をつくりだしていくことでしょう。

また、ロシア国内の高等教育機関で教育を受けているチェチェン人たちも少なくないわけで、かれらはロシア国内における新しい政治的な力を作り出す、そういう可能性を持っています。

しかしチェチェン人たちは自分たちの力のみをたよっているわけにはいかないのであって、外側からの援助、注目、そしてロシアへの圧力をチェチェン人は必要としています。

バサーエフへのインタビュー

そして、あと15分くらい時間がありますが、バサーエフに対するインタビュー映像などを流したあと、チェチェン抵抗勢力について語ろうと思います。

(ビデオ映像始まり)

(日中。明るい森の中。木立の中に隠されたキャンプに数人のゲリラたちがいる)

(時計を見せるゲリラ。爆弾の起爆装置が仕込まれているという。シールが貼ってあり、「ロシアテロリスト殲滅用」と書かれている)

(画面に、抵抗勢力の副大統領、ドック・ウマーロフ)

バサーエフプーチンと責任を分かち合う義理などありません。ブジョーノフスク事件(1996年の第一次チェチェン戦争のとき、チェチェン側が起こした人質事件)の時に、(バビーツキから受けた質問)子どもの一粒の涙と千粒の涙をどう比較できるのか、そう聞かれたことを憶えていますよ。チェチェンでは、公式に発表されているだけでも、4 万人以上の子どもたちが殺され、何万人もが負傷しているのです。そのことについては誰もが沈黙しているではないですか」

バビーツキ:「だから今度はロシア人の子どもたちの番だというわけですか?」

バサーエフ「責任を負うべきは子どもたちではなくロシア国民全体であり、無言の同意はロシアに荷担することと同じです。ロシア国民はチェチェン侵略のための食料、物資を与えて、税金を払っているのです。それによって、侵略を支持しているのです。彼ら、ロシア国民が生活している場所まで戦線を広げない限り、この戦争は終わりません」

(テントの中でノートパソコンを覗き込むバサーエフ。片足は義足になっているのが見える。第一次戦争での負傷によるもの。アンテナのついた小さな機器が見える。携帯電話ではなく、捕まったときにすぐ自爆できるようなリモコンだという)

(ビデオ映像終わり)

チェチェン戦争の拡大

そして今のチェチェン戦争についてですが、チェチェンの地下抵抗勢力がこの第二次の戦争を通じて、この戦争の領域をチェチェン共和国の外まで、かなり北カフカスの広い範囲に拡大することに成功してきたと考えられます。


この戦争領域は、たとえばダゲスタンでは毎日のように軍事衝突が起きていますし、イングーシ、カバルジノ・バルカリアにも広がっています。

チェチェン抵抗勢力は、現在、北コーカサス全体にわたって、それ自体地下組織なのですが、それを展開することに成功しております。その急進イスラム共同体には、地元の住民が加わっているという情報があります。

最近起きた、カバルジノ・バルカリアのナルチクでの襲撃事件ですが、これには地元の人々が参加しており、カフカスの地下勢力の力が強められているということが、周知されました。

それによって、彼らはロシア権力に対して挑戦的な態度をとるのみならず、実際に武器を取って対抗する用意があることを示したわけです。

このような状況の中で、ロシアはあらたにコーカサス全体の戦争という脅威に面しております。それはコーカサスの住民たちにとっても同じです。というのは、急進イスラム主義の教義は、普通の住民たちの生活をも、中世の価値観に引き戻すと、そういう主張をしているからです。

今申し上げている脅威というのは、急進イスラム勢力が広がる脅威、テロリズムが広がる脅威、ロシアが崩壊するかもしれない脅威を含めての脅威ですが、それを食い止めるためには、一つしか方法がないと思います。

それは、チェチェンの戦争を停止すること、平和的解決に向けた交渉を進めることです。

質疑応答

急進イスラム勢力の影響力は?

Q:まず始めの質問として、チェチェン内において、普通の一般の人は、バサーエフを支持しているのかどうか。もしくはチェチェン内において現親ロシア政権―アルハーノフという人が大統領なのですが―は支持されているのか。そしてチェチェン人たちの独立へ向けた気運、これはいったいどうなんだろうか。そしてチェチェン原理主義―彼の言葉では急進イスラムというふうに言っているのですが、日本では確かに原理主義という言い方が一般的だと思いますけれど―原理主義もしくは急進イスラムがどの程度チェチェンの一般人に影響力を持っているか、というのをまとめて聞きたいと思います。

バビーツキ:バビーツキ:まずバサーエフについての質問ですけれど、基本的にはチェチェンの人々、民間の一般の人々はバサーエフを支持していませんし、することもできないというのが現状です。といいますのは、それを質問すること自体が、その質問された人と急進勢力、抵抗勢力、戦闘勢力との関係について、巧妙に聞き出す問いに他ならないからというのも一面あるのですけれども。もう一つはバサーエフという人物がチェチェンの一般大衆には非常に人気のない急進イスラム―ワハビズムと一般的には言われていますが、それ―の理念の代表者のような受け止められ方をしていますので、それとはチェチェン人は相反する気運を持っていますので、バサーエフは支持されていない。

チェチェンの一般の民衆が信仰するイスラムの宗派というのは、スーフィー派―スーフィズムですね―というものなのですけれど、それは伝統的なチェチェンの信仰です。しかしながら、ワハビズムを含め急進もしくは刷新イスラム主義という宗派―要するに急進主義のイスラム―は、そのスーフィズムスーフィー派をチェチェンの土着の自然崇拝のようなものにすぎないと決めつけており、伝統的な信仰を捨てるように、伝統的な信仰を、そしてその価値観を捨てるように迫っているからです。

しかしながら現在、戦争犯罪者の責任が問われることなく、司法システムも機能していない、警察の力も機能していない、そのようなチェチェンの状況の中では、ゲリラたち―ムジャヘードと言われるその戦士たち、抵抗勢力の戦士たち―というのは、彼らにとっては、唯一の、自分たちが受けた仕打ちに対してやり返してくれる、唯一の力である、という状況はあります。


ですので、そういった武装した抵抗勢力チェチェンの民衆から支持を受けているのは、決して急進イスラムが浸透しているからではなくて、彼らが武装した―野戦司令官という言葉がありますけどそれに似せて―野戦警察とでも言うのでしょうか、そういったような役割を演じている唯一の勢力だと見られているからです。

急進イスラム共同体、というのは、北コーカサスイスラム的な共和国もしくはイスラム的ではない共和国を含めて浸透していると申し上げましたが、しかしその数はまだたいしたことではない数で、数百人とかせいぜい千人とかいう規模のものです。しかし、この地下のネットワークが大きな危険性を持っているというのは、彼らは武装しているということ、そして民間施設・都市に向けての攻撃をする用意があるということ、権力―ロシアの権力―に対して抵抗してロシア権力の基盤を破壊しようとする危険を孕んでいるからです。

もう一つの急進イスラムの側面ですが、それは社会的な公正というようなものを標榜している点です。その急進イスラムというのは、イスラム社会主義と呼ばれることもあるような、そういった教義を持っておりますので―ドクトリンを持っておりますので―現在北コーカサス全般に蔓延しているとてつもない規模の腐敗ですとか、そして失業率、官僚の横暴、そして大機関を含めての横暴ですね、こういったものが変わることがなく続いていくとしたら、ロシアという国は、この北コーカサス地域全体を失ってしまうかもしれないという脅威に晒される可能性があります。

その可能性というのはまだ決して現実的なものではありません。といいますのは、北コーカサスの住民の大半は自分たち自身をロシア国民と認識していますし、ロシア国民であり続けたいと願っています。決して彼らはイスラム法と呼ばれる法秩序のもとでの生活に移りたいとは思っていません。しかし、一方ではその急進イスラム主義というのがすべての北コーカサスだけに限らずロシア社会全般における社会的な問題との闘争というものを掲げているために、それらの問題が改善されないと彼らの勢力が拡大していく危険性は孕んでいるというわけです。

そして心理的に非常に陥りやすい教義でもあります―急進イスラムですけれども―。戦う者たちには救いが与えられる、天国に行ける、と。それに異議を唱える者は罪人であり、天国に行く権利を奪われる、という教義を持っているのです。

そういった教義を掲げているということは、その急進イスラム主義は非常に今後も多くの人を惹きつける力を、可能性を持っているということです。そして武器を手に取って、武装して、異議を唱える罪人たちと戦おうとする、そういう勢力でありますので、この広大な北コーカサス北コーカサスという広大なテリトリー―の中でロシア権力という、罪人になる存在の象徴、それと敵対して武装闘争を続けようと、その考え方が今後も人を惹きつける力を持っていると言えます。

そして現チェチェンの大統領、アルハーノフ氏については、そのアルハーノフ氏はまったく支持を、民衆からの支持は得ていません。彼自身非常に弱い政治家でありまして、先ほどから申し上げている第一副首相のカディーロフ氏の完全な影響下、コントロール下にあります。こういった状況でチェチェンの民衆がアルハーノフ氏を支持できるはずがないわけでありまして、というのは、彼はまったくロシア軍による横暴、そして地元の治安機関と言われている―要するにカディーロフ勢力の―横暴を、どちらも食い止めることができないからです。

ロシア国内の現状は?

Q:次の質問ですが―、ロシアの国内の現状についての質問です。ロシア国内の一般住民がチェチェン戦争に異議を唱えないのは何故かということで、プーチンが怖いからか、もしくは情報を正確に知らないためにこの戦争はやはり正義の戦争だと思っているのか、チェチェン人に対してはどうか、差別等はあるのか、もしくは嫌悪感があるかということなのですが。あと劣化ウラン弾チェチェン戦争中にロシア軍が使ったという形跡はあるのかどうか。

バビーツキ:ロシアの国内の状況についてですけれども、半年ほど前に行われたロシアの世論調査では、ロシアの人口の70%が、戦闘によってはチェチェンの―戦闘行為を続けることによってはチェチェンの―武装勢力を管理、というかその蜂起を制圧することはできないであろうという意見を持っているそうです。

私が思うには、ロシア人はこの6年半に渡って続いている戦争に疲れてしまったのではないかと思います。しかもその戦争はもう数年前に公式的には終わったと宣言されたものが、しかしながらまだ日常的に続いているという、その状態に疲れていると思います。

チェチェンに対する差別と嫌悪感というのは、実際ロシア人の中には存在しています。先ほども申し上げましたが、それは政府のプロパガンダによるもので、チェチェン人というのは遺伝的に、強盗したり誘拐したり人身売買をする民族であるとか、遺伝的に他の習慣とか伝統を受け入れられない民族であるとか、ロシア人を嫌悪していてロシアの中の不安定な状況を引き起こそうとしているとか、そういった情報が毎日のようにテレビ、新聞などで流されているわけです。第二次、第一次、と戦争が終わってから次の戦争が始まるまでにチェチェンがどのような状態であったかとか、ロシア兵士の首を切るチェチェン兵の姿とか、チェチェン人による犯罪とか、そういったものによって、チェチェン人というものが獣のようなイメージで描かれている、そういったものを毎日のように聞かされていたら、ロシア人がチェチェン人そしてコーカサス全体に対して嫌悪感を抱いているということもまったく不思議ではない状況です。

そういった状況はロシア国民が欺かれているという状況だと言えると思います。メディアを通じてまったくこの戦争についての真実が報道されません。チェチェン国内では司法システムが確立していないために、軍事犯罪が頻繁に犯されているにもかかわらず、その実情についてもまったく報道されていないわけです。

野党勢力と呼ばれるプーチンに抵抗する政党たちは完全に政治の表舞台からは追いやられてしまっています。彼らが唯一ロシア国内では今回の戦争に反対の声を上げている勢力だったのにもかかわらず、です。要するにロシア国内の民主システムがプーチンの政権によって解体の一途を辿っている、と。チェチェンに関しての正確な状況というものは、今、ロシアのメディア、ロシア社会にまったく存在しないものになってしまいました。

劣化ウラン弾についてですけれど、それについては、私自身まったく使われたという形跡その他情報を持っておりません。

情報統制について

Q:次にもう一つロシアの情報統制、殆ど今の答えのあたりにもあったのですけども、統制というものについて語っていただきます。

バビーツキ:まずプーチンは政権に着くやいなや、少しずつですけれども、テレビ局を自分の管理下に置いていきました。もちろんテレビというのは、非常に多くの視聴者を抱えるメディアであるわけですけれども。

今日すべてのテレビ局は基本的にはクレムリンの統制下に置かれています。トップ3のテレビ局をRTR(ロシア国営テレビ)とORT(第1チャンネル)―ロシア語発音ですけれども―NTV(元民放系の独立テレビ。ただし現在では政府の統制下に置かれている)という3つのテレビ局のニュースは、基本的にはその性質はほぼ同じようなものになってしまっています。

これらの今申し上げたテレビ局の中の報道番組、分析番組などにおいては、まったくプーチンの現在の政権を批判する声というものは聞かれることはありません。

ソ連時代でのマスコミの状況というものを覚えている人にすぐ目につくもの、目につく状況というのは、プーチンがあまりにも頻繁にテレビのスクリーンに現れているという、その現実です。それはあまりにも共産主義の時代の情報統制のスタイルと似ているからです。

それはあまりにも共産主義の時代の情報統制のスタイルと似ているから、なわけですが。ただしロシアにはまだ言論の自由というものは残されています。新聞に関していえばいくつかプーチンを批判している新聞も存在していますが、その購読者数は非常に限られたものです。また、ネット―インターネット―のサイト上でも政権に対して批判的な目を持つ報道サイトもありますが、その視聴者―と言いますけれども―の数も数万人というような数に限られていますので、政権はそういった視聴者の存在を、自分たちの身を脅かすような存在だとは認識しておりません。

私自身はロシアの現政権に対して非常に厳しい批判の目を持っているので、このような評価になっています。現在の政権というのは、決して独裁政治と呼ぶまでには到っていません。ソ連時代のことを考えると、より情報統制は厳しかったですし、また人権の侵害に関してもより広範に行われていました。しかしながら、現ロシア政権の動向を見ていると、民主主義からどんどん離脱していく動きにはどうも際限がないような、そんな印象を受けています。

なぜ戦争が続くのか?

Q:次の質問です。この戦争の基本的な側面という位置づけで、ということですが、チェチェンとロシアの戦闘がここまで長引くのはなぜか、ロシアがチェチェンを独立させたくないというのはなぜか、チェチェンはなぜこうまでして独立したがっているのか、という点についてお願いします。

バビーツキ:まず、なぜ戦争がこれだけ長く続いているかということに関しては、このロシア治安権力の横暴が続くこの現状の中では、チェチェン抵抗勢力―ゲリラ勢力―が、チェチェン民衆にとっての唯一の仕返しをしてくれる希望であり続けるからです。

チェチェン人の中で、いったいどれだけの割合の人が本当の独立を欲しているかということに関して、私自身今それを―それについて―どうだと述べる判断材料を持っていません。というのは、91年のドゥダーエフ大統領が選ばれた選挙以来、まったく信頼できる世論調査というのがこの点に関してなされていないからです。今、ヨーロッパに20万人のチェチェン人がいると申し上げましたが、彼らは基本的には独立を欲していたのであろうと、しかしそれが得られないから、自分たちがロシアから離れて独立といいますか、してしまったと考えることはできるかもしれません。しかしながら、チェチェン国内に残ったチェチェン人に関しては、基本的にはロシアなしでは自分たちの国が存在できないと思う人が多いのではないかと思います。

それから、ロシアがなぜチェチェンを独立させたくないのかということに関しては、多くの要因が存在すると思います。心理的な要因、地政学的な要因、文化的イデオロギー的な要因ですね。

まず、ソ連の崩壊に伴ってロシアは自分たちの領土だと思い込んでいた多くの領土をすでに失っています。そのことはソ連人、ロシア人に対してやはり大きな打撃だったのですが、さらにチェチェンをまた失うとなると、それはロシアの民族的愛国心にとってのまた大きな打撃になる。それはロシアが弱体化していくことの証明となる可能性を含んでいるからです。

地政学的な要因ですが、これに関しては、まずチェチェンをロシアが手放したとしても、チェチェンはロシアにとって、もしくはコーカサスにとっての脅威であり続けるであろうと。不安定化要因として脅威であり続けるだろう、ということが一つ。そして二つ目は、チェチェンがもし独立してしまうと、今度は隣国のダゲスタンという存在、これもロシアは失う脅威に晒されると。これはカスピ海への出口としてのロシアにとっての資源面での要衝でもありますので、これは決して認めることができないわけです。

もう一つの危険性、脅威と言いますのは、もし今チェチェンが独立をしてしまうと、今の武装勢力というものが権力をつかむ可能性があると。イコール急進的なイスラム派が権力の座に就く。それはアフガニスタンタリバンが取ったような政策を行い、同じような国に仕立て上げてしまう、そういう可能性を孕んでいるということです。

国境―自国の国境地帯―にこのような脅威を抱えるということを望む国はどこにもないと思うわけでして、そのような脅威を取り除くためには、チェチェンからのロシア軍の撤退というものが絶対必要な条件だと思います。そして、チェチェンの国民に、チェチェン人たちに、いったい彼らが何を、どのような形での存続・生存を欲しているかということを、平和的な条件で問い直さなければいけないと思います。もし本当に彼らが独立を欲しているのであれば、それは綿密に組み立てられた機構、多くの条件のもとで、移行期間を設けながら、それを可能にしてやるという機構が必要になってくると思います。

今日は長い時間にわたって話を聞いていただき、ありがとうございました。

(文責:バイナフ自由通信社)