ロシア:「チェチェンの平和を実現するための第一歩は、モスクワから歩み寄られなければならない」―2005年のラフト人権賞受賞者が語る―

ラジオ・リバティ
http://www.rferl.org/featuresarticle/2005/11/8FEC0B0F-8FE3-40BB-AE7C-F5B0D2BCE331.html


本年度の栄光あるラフト人権賞*1は、11月6日、チェチェンの首都グローズヌイ出身の弁護士、リディヤ・ユスポーヴァに与えられることになった。ユスポーヴァはこの5年間、ロシアのメモリアルという人権監視団体の代表を務めている。この間、彼女はロシア・チェチェン治安当局の双方による、失踪や違法な処刑、拷問、強姦を含む数え切れないほどの市民に対する蛮行を記録してきた。彼女はまた、(チェチェン)共和国で始まりつつある、暴力の加害者に法の裁きを受けさせることのできる包括的な司法システム法案を成立させようとする被害者の運動を支援してきた。ユスポーヴァはラジオ・リバティに対して、チェチェン人ではなくクレムリンこそが平和への最初の一歩を踏み出さなければならないと語った。

2005年11月4日―プラハ―(ラジオ・リバティ)

ロシアがチェチェンでの二度におよぶ戦争を開始してからほぼ11年が経つ。この間、メモリアルの推定によると、、ロシアとチェチェンの双方で7万5千人に上る市民が死亡している。

第二次チェチェン戦争が始まった1999年の翌年2000年から、ユスポーヴァはメモリアルのグロズヌイ・オフィスを指揮している。彼女がオフィスの代表になってから、ロシアは戦争の終結を宣言し、(チェチェンでは)選挙と新憲法の制定を経て、「正常化」と呼ばれる紛争後の段階に入ったとされている。

しかし、事実は彼女の見るところ殆ど何も変わってはいなかった。

「状況は少々変わってきています」とユスポーヴァは言う。「しかし結果は相変わらず同じなのです。人権侵害と国家レベルのテロがいまだにチェチェンを覆っています。(チェチェン)共和国の中に造り出された堅牢な檻があります。私たちには司法システム、すなわち法の執行システムがあるにもかかわらず、(チェチェン)共和国には安定というものがないのです」

ユスポーヴァは、ノルウェーのベルゲン*2でこう語った。11月6日、彼女はこの地で19番目のラフト人権賞を授与されるのだ。

ラフト人権賞の歴代の受賞者の中には、ビルマ民主化運動の活動家であるアウン・サン・スーチや、イランの人権弁護士のシリン・エバディのように、ノーベル平和賞を受賞した人もいる。1995年のラフト賞は、第一次チェチェン戦争(1994〜1996年)当時極めて重要性を帯びていたロシア軍内部における人権擁護運動に携わった「兵士の母親委員会」に贈られた。

あれから10年、チェチェンは、正規軍による戦争から、ロシア軍や親ロシアのチェチェン軍、犯罪集団、さらにはその政策がいっそう過激主義に傾斜している分離独立派を巻き込んだゲリラ戦に移行している。

2004年のマーティン・エナルズ賞*3の受賞者でもあるユスポーヴァは言う。「登場人物のいくらかが入れ替わっても、(チェチェンにおける)暴力は依然としてそのままです」

「(ロシア)連邦軍に見られたあらゆる方法―掃討作戦や裁判なしの処刑、違法な拘留、強盗、嫌がらせ―はいまだに存在しています」とユスポーヴァは語る。「しかし、今日そうしたことは、ロシア軍に加えて―あくまでそれに加えてということを強調しておきますが―多くの地元のチェチェン人たちによって選ばれたチェチェン人の代表、すなわち現在(ロシア)連邦中枢に指揮を仰いでいる人々によっても、一定の規模でなされているのです。ですから、現在では(チェチェンにおける暴力の)当事者が、かなりの程度変わってきています」

ラフト財団の代表であるアーネ・リンガードは、イラクアフガニスタンが多くのメディアの注意を(チェチェンから)逸らしているときにも、チェチェンでは世界でもっとも深刻な人権侵害と破壊が行われているのだということを、今年の(ラフト)賞は世界に思い出させてくれるだろうと述べている。

リンガードは、殆ど不可能とも思える状況の中で活動を続けてきたユスポーヴァを称えた。人権団体は今もチェチェンに残って活動している数少ない存在の一つなのだ。

「リディヤは非常に勇敢な女性だと私たちは思っています」とリンガードは言う。「彼女は知性のある女性だったので、2000年に(メモリアルのオフィスに入ったとき)、(チェチェンに)留まってチェチェンの民間人の置かれた状況を改善するために自らの力を使うという特別な責任を感じていたのです。ですから、彼女は(チェチェンに)留まった人間の一人となり、チェチェンから逃げ出すこともありませんでした」

リンガードは、かつてはチェチェン紛争に批判的だった多くの政府が「チェチェンは世界的な対テロ戦争の一部である」というロシア大統領ウラジーミル・プーチンの主張を受け入れるようになってきている中、ユスポーヴァの選択は重要なものであると語る。

ヨーロッパは(チェチェン)共和国におけるロシア軍の横暴について懸念を表明し続けているが、プーチンは今週、EUの指導者がテロリズムに対して弱腰であると強烈な言葉で非難した。

11月2日、オランダ首相ジャン・ピーター・バルケネンデとのアムステルダムでの記者会談において、プーチンチェチェンの分離独立派を「人間の皮をかぶった獣」であると評し、彼らを擁護するヨーロッパの指導者は「預言者ムハンマド以上のイスラム教徒になりたがっている」と言い放った。

プーチンのレトリックは、チェチェンに対して犯した罪が罰せられることはないというクレムリンの感覚を露呈していると、ユスポーヴァは指摘する。彼女はまた、西側諸国がこれに反応することもないように見えると言う。

「彼の発言はすべてを物語っています。ロシア、特に北コーカサスイスラーム教徒がどのような立場に置かれているのか、彼らが政府によってどのように見なされているのか、といったことについて、すべてが物語られているのです」とユスポーヴァは語る。「これだけで西側諸国は(チェチェンで)何が起こっているのかを理解するべきです。実際、西側諸国は(チェチェンで)何が起こっているのかを完全に理解すると思います。しかし、そこにはもう一つの側面があります。つまり、(ロシアとヨーロッパの)共通の経済的利益そして政治的利益というものです」

チェチェン)紛争は泥沼化しているように見える。11月3日、チェチェン分離独立派の指導者であるアブドゥル・ハリム・サドゥラーエフは、ロシアの暴力政策がすべての北コーカサスの人々を刺激し、カバルディノ・バルカリアの首都ナリチクで先月起こった攻撃のような軍事作戦をより広域化させるだろうと述べている。彼はまた、現在の状況では、平和交渉の席に着くための第一歩を独立派から踏み出すことはできないと語っている。

ユスポーヴァは、(チェチェン)紛争においてより支配的な力を持つロシアこそが、平和への第一歩を踏み出さなければならないと言う。
「今日の強者、つまり権力のある側が提案し、交渉への最初の一歩を踏み出すべきなのです」
「現在の状況で、北コーカサスとロシアの人々の安全を保障するために行動するべきなのはロシアの方だと私は思っています。政治的手段と平和的手段を通じて、一定の安定を創り出す手段を提示するために、ロシアは最初の一歩を踏み出すべきです。人々に対する国家テロを通じてそれをなすべきではありません」

ユスポーヴァは、こうした(力による)解決によっては、暴力が加速し続けるだろうと見る。チェチェンで、北コーカサスで、ロシアで、そして「世界のどこででも」と彼女は語る。
「テロが生み出すのは(新たな)テロだけです」

*1:ノルウェーのトロルフ・ラフト財団によって贈られる人権賞。歴代の受賞者は、ビルマ民主化運動の指導者のアウンサン・スー・チー氏や、東ティモール独立運動の担い手となったルロス・フィリペ・シメネス・ベロ司教およびジョゼ・ラモス・ホルタ氏など。ノルウェーのトロルフ・ラフト財団によって贈られる人権賞。歴代の受賞者は、ビルマ民主化運動の指導者のアウンサン・スー・チー氏や、東ティモール独立運動の担い手となったルロス・フィリペ・シメネス・ベロ司教およびジョゼ・ラモス・ホルタ氏など。

*2:ノルウェー南西部の港市

*3:世界の主要な人権擁護団体によって共同選出される人権賞。審査員となるメンバーの団体は以下の通り。アムネスティ、国際人権連盟、ヒューマンライツ・ウォッチ、拷問反対世界機関、ドイツ ディアコニー、インターナショナル・サービス・フォー・ヒューマンライツ、インターナショナル・アラート、ヒュリドックス、ディフェンス・フォー・チルドレン、国際法律家委員会。