バサーエフは事故死したのではないか?

「イングーシでバサーエフが殺害されたことによって、テロリストどもにとって安住の地などないこと、そして、テロリストどもにとって戦わずに済む場所などどこにもないことが証明された」(アル・アルハーノフ)
「彼を殺したのが自分でなかったのが残念だ」(ラムザン・カディーロフ)

親ロシア政権の大統領と首相は、安全な場所でバサーエフの死に祝杯を上げているうちに、ずいぶん気が大きくなっているようだ。けれども、その一方でバサーエフの死を偶然の事故死であるとする見方も強い。以下は、プラハ・ウォッチドッグのウマルト・チャダーエフによる分析。

プラハ・ウォッチドッグ

http://www.watchdog.cz/?show=000000-000005-000004-000125&lang=1

2006年7月10日 ウマルト・チャダーエフ

イングーシ:7月10日夜、4人のゲリラがトラックの爆発によって死亡した。その1人がシャミーリ・バサーエフであったことを、本日ロシア当局筋が伝えた。

「入手した情報によると、テロリスト・グループは『カマズ』トラック*1に自ら搭載していた爆弾と弾薬によって吹き飛ばされた。爆発はナズラン*2地区にあるエカジェヴォ村の近郊で起こった。あまりに爆発が激しかったために、トラックの骨組みだけが残され、爆発を免れた弾薬と地雷は、半径およそ150メートルにまで飛散した」と、法執行当局筋は語る。

「爆発によって、爆弾を積んだトラックと一緒に走っていたジグリ*3の乗客も死亡した」
「事故の現場で4人の遺体が発見された。そのうち3人は身元が判明した。シャミーリ・バサーエフと、彼の側近のタルハン・ガニゼフ、そしてクシュトフと呼ばれる男である」

バサーエフはほぼ間違いなく爆発によって破壊された車の一台に乗っていたと見られる。彼の遺体には首がなかったが、その他の一連の特徴によって身元が特定された。バサーエフと彼の部下たちは、サンクトペテルブルグのG8サミットを前に大規模なテロ行為を準備していたものと思われる」

チェチェンの政治アナリストの見解によると、バサーエフの死は、特殊機関による作戦の成功というよりは、むしろ単なる事故であった可能性が高いという。
「『カマズ』の爆発の結果死亡したのがシャミーリ・バサーエフだと判明するまで、メディアによって報道されていたのは、ゲリラが不注意の結果自ら積んでいた爆発物のために吹き飛ばされたということだった。それが、今や、『特殊機関による華麗なる作戦』ということになっている」

「それでも、私はバサーエフの死が事故によるものであるという気がしている。爆発物を満載したトラックが昨夜吹き飛び、警察と特殊機関がしばらく経ってその場に現れ、ようやく今日になって死者の中にバサーエフがいると発表された以上、これは特殊機関ではなくバサーエフ自身のミスだと考えられるからだ」と彼は述べる。

モスクワの傀儡政権であるチェチェン大統領アル・アルハーノフは、「今日という日付は、特殊機関、連邦軍、そして法執行当局が、不法な軍事組織とのもっとも深刻な戦いに合理的な終止符を打った日として記念されるだろう」と語っている。

「イングーシでバサーエフが殺害されたことによって、テロリストどもにとって安住の地などないこと、そして、テロリストどもにとって戦わずに済む場所などどこにもないことが証明された」とアルハーノフは言う。
「今や、連邦軍の庇護を得た法執行当局や現地当局は、いわゆる負け犬どもを引き下がらせ、現実を認めようとしないならず者どもは消されるのだということを証明するために、あらゆる手段を用いるべきである」

モスクワの傀儡チェチェン首相であるラムザン・カディーロフは、自身の手でバサーエフを殺せなかったことが残念であると語った。
「我々はバサーエフを殺害してくれた者に感謝しているが、彼は私の宿敵であり、私は彼を殺すという誓いを立てていた。彼を殺したのが自分でなかったのが残念だ」とカディーロフは述べた。

報道によれば、ロシア軍部は「反テロ作戦」の一環としてバサーエフを殺害したと発表しているが、どの発表にせよ報道内容の事実確認はなされていない。ロシア「最大のテロリスト」の死に関する情報は、昨年の秋のナリチクでの事件*4以来、最新のものである。昨年の秋には、殺害されたゲリラの1人がバサーエフと間違えられたのだ。

六月下旬、シャミーリ・バサーエフは、イチケリア*5前大統領のアブドゥル・ハリム・サドゥラーエフの後継者であるドク・ウマーロフの布告によって、チェチェン・イチケリア共和国の副大統領に任命されていた。

*1:ロシア国内タタールスタン共和国のカマ自動車工場で製造されるトラック。軍用トラックが転用されたもので、耐久性と悪条件での走行性に優れている。

*2:チェチェンの隣国イングーシ共和国の首都

*3:ロシア製小型自動車

*4:2005年10月13日、ロシア南部カバルジノ・バルカル共和国の首都ナリチクの警察署や空港など約10施設がチェチェン独立派と見られる武装勢力によって同時に襲撃され、市街戦および治安当局の制圧に巻き込まれた多数の住民が死亡した。

*5:チェチェン共和国の別名。チェチェン独立派政府は、チェチェン南部の山岳地帯を意味する「イチケリア」という言葉を国名に用いている。