人権オンブズマン、ロシア軍による大量遺体遺棄を批判

(7/1 ロイター)チェチェン親ロシア政権の人権オンブズマン、ヌハジーエフ氏は、ロシア軍が殺害したとされる、300人のチェチェン市民の遺体遺棄についての捜査の開始を要求した。
 ロシア軍は、チェチェン独立派に対する2度の戦争を行なっており、双方が人権侵害や市民の殺害などを行なっている。ここ数年の間に戦闘は沈静化に向かっており、地元住民はこれまでの戦争被害の補償にむけて動き始めている。
 先週、チェチェンの人権オンブズマンのナルディ・ヌハジーエフ氏は、チェチェンの首都グロズヌイから25キロほどのところにあるアスファルト工場の敷地内に、300人の遺体が埋められていることを、住民から知らされた。
 ヌハジーエフ氏は、この遺体の中には、男性・女性、および子ども達がふくまれており、これは1999年10月30日に、自動車の車列に乗って避難しようとしていた人々が、ロシア軍の攻撃を受けて死亡したものだと言う。
 ロシア国防省からは何のコメントも発表されていない。過去にロシア軍は、チェチェンでの戦争の中で、組織的な虐待は行なわれておらず、むしろ独立派は一般市民を名乗って隠れ蓑に使っていると非難している。
 「そのときの車列は、攻撃されないように、すべてベッドシーツでこしらえた白旗を掲げていた。難民たちは、戦闘を避けて別の地域に逃げようとしていた」と、チェチェンの親ロシア政府が開いた行方不明者に関する会議の場で、ヌハジーエフ氏は発言した。
 「しかしロシア軍はこれに対して攻撃した。難民の車列が徹底的に破壊された後、兵士
たちは事件現場に近いアスファルト工場に運び、敷地にあった大きな縦穴に、遺体と持ち物を、自動車ごと投げ入れた」
 ヌハジーエフ氏の言葉によると、目撃者たちは250人から300人の人々が、この場所に遺棄されているという。この日に攻撃があった事実は、人権団体の報告やメディアの報告で確認されている。
 この大量遺体遺棄は、事件の8ヶ月後に、重機が縦穴を掘ったさいに、人間の遺体や衣服が発見されたことから明るみに出た。しかし捜査当局者はこの件に関心を持たなかった。
 ヌハジーエフ氏は、この現場に残された遺体を法医学的検査にかけ、それぞれの個人を特定したいとしている。
 独立派とイスラム民兵たちは、1994年以来、ロシアに対する二度の戦争を行ったが、それぞれ壊滅状態にあり、海外に逃亡したり、山岳地帯の隠れ家から作戦を行なっている。(こういう書き方は、ロシアによるチェチェンへの侵略という事実を正反対に表現していて、本当にひどい偏向と思う。記事前半にある、<双方の人権侵害>というのも、言いっぱなしで説明がない:訳者)
 独立派は現在も散発的な爆弾攻撃や銃撃戦を行なっているが、チェチェンはおおむね平和的な状況にある。ロシア政府に忠誠を誓うラムザン・カディロフ大統領の政権のもとで。
 ロシア政府は、チェチェンに対して大規模な財政支援を行っているため、戦時下のチェチェンにおけるロシア軍による人権侵害に対する捜査は、現地政府にとってきわめて取り扱いの難しい問題となっている。

http://www.iht.com/articles/reuters/2008/07/01/europe/OUKWD-UK-RUSSIA-CHECHNYA.php