ロシア：イングーシにおける「汚い戦争」戦術の停止を

――チェチェン式の対ゲリラ戦における殺害、拷問、失踪――
（Human Rights News2008年6月25日）

　ヒューマン・ライツ・ウォッチは今日発表したレポートの中で、チェチェンの軍事紛争は北コーカサス、特にイングーシに人権侵害と不安定を拡散させていると報告した。ヒューマン・ライツ・ウォッチはロシア政府に対し、チェチェン紛争で行われているようなおぞましい虐待にまで状況が悪化しないよう、この対ゲリラ戦の遂行方法を改善し、イングーシでの違反行為が取り締まられていない問題に取り組むよう強く主張した。

　120ページにおよぶレポート、「“空から降ってきたかのように！”イングーシにおける対ゲリラ戦、権利侵害、著しい処罰逃れ」（‘As If They Fell From the Sky!’ Counterinsurgency, Rights Violations, and Rampant Impunity in Ingushetia）は、法の強制による人権侵害や、手続きを経ない独断的な勾留、拷問や残虐な行為、非人間的で人を貶めるような扱い、強制失踪、そして非合法的な処刑の数々を含めた、治安部隊の対ゲリラ戦争について記録している。このレポートは2007年と2008年の初頭にあった動きをカバーしたもので、それらが現れた法的・政治的文脈も記されている。
　ヒューマン・ライツ・ウォッチのロシア研究者ターニャ・ロクシーナは、「イングーシにおける犯罪は、スケールはまだ小さいものの、長年チェチェンを苦しめてきた数々の強制失踪、殺人、拷問などのケースを再現している」と述べた。「ロシアの残虐な対ゲリラ政策は現地住民を敵に回している。ゲリラ戦の終わりはほど遠く、“汚い戦争”戦略はイングーシや北コーカサスにわたって状況をますます不安定にする」と。

　ロシアはイングーシでここ数年、政府の転覆や、地域に駐留する［ロシア］連邦の治安部隊・軍隊の撤退、北コーカサスにおけるイスラム統治の拡大などといった雑多な要求を掲げるいくつもの武装グループと闘ってきた。2007年の初夏、ゲリラは役人や法執行人、治安職員などを攻撃し、一般市民も一斉に立ち上がった。こうしたゲリラ活動の高まりに対して、法の執行機関や治安部隊などは、ゲリラの容疑者を拉致監禁という形で連れ去っている。拉致された者は拷問されるのが普通だが、時には「失踪」する。イングーシにおける拉致監禁と殺害は、以前のチェチェンで見られた汚い掃討作戦や急襲のパターンによく似た「特殊作戦」の間にしばしば起こる。武装した人員が指示を受けた地域にやってくる、多くの場合は覆面をつけて。彼らは住民に作戦に関して何の説明もせず、勝手に家に入り込み、住民を殴り、彼らの財産を破壊していくのだ。

　特に懸念されるのは、たびたび行われる非合法的な処刑である。ヒューマン・ライツ・ウォッチのレポートはそうした8つのケースを記録している。最も若い被害者、6歳のラヒーム・アムリエフは、ゲリラが隠れていると主張して治安部隊が彼の家を襲撃したときに殺された。彼の死に関する捜査は今も進行中である。しかしながら、アムリエフの捜査は例外的なもので、彼がゲリラに関わってると主張するのは不可能なほど彼の年齢が若かったからである。非合法な処刑の大半において、ゲリラ関連の犯罪は被害者の死後にファイル化されるのみで、彼らの殺害について捜査されることはない。

　イングーシでの人権侵害に対する治安職員や警察官の責任は、記録に残されることはない。悪人たちの無制限な処罰逃れや、地域の状況は正常だと繰り返す当局に苦しめられた地域住民たちは、2007年と2008年初頭に様々な抗議集会を組織した。しかしながら、イングーシ当局はそれらの集会をゲリラの手の内による「挑発」だと称している。彼らは計画された会を禁止したり、暴力的に蹴散らしたり、あるいはメディアに報道をさせないよう統制したりして、できうる限り抗議の邪魔をしてきた。

　非政府のオブザーバーを脅す激しい動きの中で、2007年11月と2008年1月に計画された2つの集会のモニターを務めるはずだった内外の人権主義者・ジャーナリスト16人は、治安部隊によって様々に脅迫され、拉致され、殴られ、拘束され、国外追放された。

　「もしロシアが、チェチェンのような人権の絶対的危機にイングーシが陥ることを阻止したかったら、これらの違反行為を終わらせねばならない」とロクシーナは言う。「ロシアとイングーシの当局は、こうした犯罪を捜査し、彼らの地位に関わりなくその責任を訴追すべきである。一般市民を痛めつけることはテロリストとの戦いには決してプラスにならない――事実、それが紛争を悪化させている」。

　ヒューマン・ライツ・ウォッチはロシア政府に対し、非合法処罰、強制失踪、拉致監禁、その他イングーシで行われている暴力行為をすぐさま停止するように訴えた。また、深刻な暴力をふるった人間を裁く重要な責任の体系を保証することと、イングーシにおける集会と表現の自由のいびつな制限を解除することも訴えた。

　ロシアの国際的なパートナー、とりわけヨーロッパは、イングーシでの人権侵害を停止するようロシアに主張するべきであると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは言う。さらに、チェチェンでの人権侵害に対するヨーロッパ人権裁判所の判決を、ロシアが履行するよう保証しなければならない。判決はチェチェンの被害者だけに正義をもたらすものではなく、イングーシや北コーカサスで広く起こっている犯罪行為を防ぐ実質的な一歩でもあるからだ。
原文　http://hrw.org/english/docs/2008/06/24/russia19194.htm