ロシア:ポリトコフスカヤの同僚、当局の捜査に異論

2007年8月28日 ラジオ・リバティ

ブライアン・ウィットモア
原文
http://rferl.org/featuresarticle/2007/08/624213bb-be6c-4498-b70e-bb365a277c59.html

 ロシア検察庁のユーリー・チャイカによると、2006年10月のアンナ・ポリトコフスカヤ記者の暗殺の背後には、クレムリンに敵対する海外の勢力がいるという。

 けれども、彼女の同僚の記者たちは、事件について独自の捜査を進めており、チャイカが事件を解決する代わりに事件を政治的に利用していると非難している。

 ポリトコフスカヤが勤務していたノーヴァヤ・ガゼータのセルゲイ・ソコロフ副編集長は、ラジオ・リバティに対して、「チャイカが主張している説には何の根拠もありません」と語る。彼は、ポリトコフスカヤの暗殺事件の捜査を政治化しているとして、ロシア当局を批判した。

 「私たちは誰が彼女の暗殺を命じたかということについて別の説に行き当たっています。私たちは、これからもまだ調査が必要で、ジャーナリストとしてそれを行う必要があると考えています」(ソコロフ)

容疑者に治安当局者

 8月27日、チャイカは、2006年10月7日のポリトコフスカヤ暗殺に関して10名の容疑者を逮捕したと報道した。

 暗殺の計画と実行に関与した容疑者の中には、チェチェン人犯罪組織のボスや、FSBロシア連邦保安局)の職員、警察大佐、3名の元警察官がいる。

 ノーヴァヤ・ガゼータは暗殺事件について独自に調査を行ってきた。チャイカの主張は証拠書類からある程度裏づけられるとソコロフは言う。

 「拘束されている人々に関する限り、彼らがこの事件に関わっていた可能性は極めて高いと思います」(ソコロフ)

 ところが、チャイカの仮説には、ノーヴァヤ・ガゼータの調査とはまったく異なる部分がある。それは「海外に拠点を置く」勢力が事件の背後にいるという主張だ。

 チャイカは、ポリトコフスカヤ暗殺の背後にいる首謀者はロシアの国外におり、彼女の殺害はウラジーミル・プーチン大統領の信用を失墜させ、選挙を控えたロシアを不安定化させるための戦略の一部だったと主張している。

「海外の敵」

 チャイカのコメントはポリトコフスカヤの死後間もなくプーチンが述べた見解をほぼ正確になぞったものであるとソコロフは指摘する。当時、プーチンは、「ロシアの法執行機関から逃れている連中が、犠牲者を仕立て上げて、国際世論を反ロシアに操作するために計画を企んでいたのだ」と主張していた。

 チャイカ検事総長は反クレムリン国外勢力について述べたとき特定の名を挙げたわけではなかったが、どうやらある人物のことを述べていたらしかった。それは、ボリス・ベレゾフスキークレムリンの元住人でその後熱狂的なプーチン批判者に転じ、現在ロンドンで亡命生活を送っている人物―である。

 ベレゾフスキーは、ポリトコフスカヤの死を自らと結びつけようとする当局の尽力ぶりを「病的」と評し、自らがプーチンを批判していることへの「ヒステリックな反応」だと述べている。

 ポリトコフスカヤは、プーチンをたびたび批判し、チェチェンでの殺人や誘拐、市民に対する拷問に関する記事を書いており、2006年10月7日、モスクワの自宅のアパートの階段で射殺された。

 彼女の記事は、クレムリンと親モスクワのチェチェン政府を激怒させていた。

 ノーヴァヤ・ガゼータの捜査から誰がポリトコフスカヤ暗殺の背後にいると考えているのかということについて、ソコロフはラジオ・リバティのインタビューの中で言及を避けた。「チャイカ検事総長のような法曹やFSBとは違って、私たちは捜査上の秘密を漏らしたり、推定無実の原則を侵したくないのです。そんなことをすれば事件に対する世間の『理解』を損ねるだけですから」(ソコロフ)

疑惑のタイミング

 報道の自由を守ろうとしている人々も、チャイカの発表のタイミングが、8月30日のポリトコフスカヤの誕生日の3日前で、10月7日の彼女の一周忌の1ヵ月ほど前だったことに、疑いを向けている。

 極限状況下のジャーナリズム・センターのオレグ・パンフィロフは、クレムリンは事件から一年が経っても何ら成果を得られなかった場合に噴出するであろう批判を封じ込めようとしていると言う。

 「プーチン政権と多くの政府高官は、10月7日に多くの国―特に欧州―でポリトコフスカヤを悼む様々なイベントと捜査が進んでいないことを批判するイベントが行われることを承知しています」「思うにチャイカプーチンのイメージを守ろうとしているのではないでしょうか」(パンフィロフ)

 けれども、海外の黒幕に責任をなすりつけることで政治的なポイントを稼ごうとするチャイカの思惑はすべてを台無しにしてしまったかもしれないとパンフィロフは指摘する。

 「例のごとく、バカげたことをしたものです。そもそもチャイカの発表は政治的にすぎて法的な観点があまりに欠けていました」(パンフィロフ)

陰謀の大風呂敷?

 ポリトコフスカヤの暗殺の背後にいる者が、昨年の中央銀行アンドレイ・コズロフ副総裁殺害や、2004年の米国人記者ポール・フレブニコフの殺害にも関わっているというチャイカの主張には、識者も疑問を投げている。

 コズロフ事件の容疑者の一人の弁護人を務めるイゴール・トゥルノフは、ラジオ・リバティ北コーカサス支部に対して、チャイカがコズロフとポリトコフスカヤの暗殺事件を結びつけようとしていることはほとんど理解しがたいと語った。

 「コズロフ殺害事件に関わった弁護士として、ポリトコフスカヤと中央銀行の副総裁の暗殺を結びつけるのは奇妙に思えます」「我々は検察局が集めた多くの資料を受け取りましたが、その中には二つの事件の関連性を示すものはありません」(トゥルノフ)

 チャイカは、ポリトコフスカヤの暗殺を実行したのは請負殺人を生業とする犯罪組織のメンバーだと語った。ラジオ・リバティ北コーカサス支部のインタビューに応じて、ノーヴァヤ・ガゼータのドミトリー・ムラトフ編集長は、ロシアでは犯罪に治安当局者が関与していることなど珍しくもなく、ポリトコフスカヤが唯一の犠牲者である可能性は極めて低いと述べた。

 「ロシアの治安当局者は犯罪をあたかもビジネスであるかのように見なしているのです」「彼らがこうした犯罪に一度ならず関わっています。彼らが10月7日を境に金のために美しい女性を殺し始めたなどということはまずないでしょう」(ムラトフ)

 チャイカは、ポリトコフスカヤの暗殺は綿密に計画されたものであり、二つの組織が彼女を尾行・監視していたと述べた。
ポリトコフスカヤが暗殺された日の監視カメラには、彼女を殺害した容疑者と30代の女性がスーパーから出てきたポリトコフスカヤを尾行している姿が映っている。けれども、事件に関連して逮捕された10名の中には女性は一人もいない。