「コーカサス首長国」宣言:チェチェン市民の反応は?

ルスラン・イサーエフ

原文: http://www.watchdog.cz/?show=000000-000004-000001-000214&lang=1

 チェチェン独立派指導者による「コーカサス首長国」宣言は、かなり以前から予想されていたものだった。以前から、ゲリラたちはカスピ海から黒海におよぶ領域を支配するカリフ[イスラム共同体の最高指導者]を樹立するために戦っているのではないかということが、複数の情報源から推測されていた。けれども、[チェチェンコーカサスを併合して]イチケリア大統領という唯一の指導者を擁立しようとすることは、チェチェン独立の大義―数十万人ものチェチェン人を犠牲にしてきた戦いを続ける大義―を無にするものであると言える。すでに独立運動のメンバーたちは、欧州にいくらか広がっている法的支援からも距離を置き、完全に独自の路線を取っている。
 最近、アフメッド・ザカーエフは、FSBとつながりのある[独立派]部隊が「コーカサス首長国」と呼ばれる計画を進めているという警告を発した。ザカーエフの主張によると、「コーカサス首長国」計画の裏にいるのは、第二次チェチェン戦争を始める口実を作り出したチェチェン人と同一の勢力であるという。ちなみに、ザカーエフは―名前を伏せているが―こうした勢力が全世界にチェチェン抵抗運動への支援を打ち切らせるためにロシア特殊部隊と協力していると主張している。

 現在のような軍事作戦が続く限り、コーカサス首長国宣言は遅かれ早かれなされていただろう。イチケリアの名目上の副大統領は、元高校教師でハットゥニ村出身のサプヤン・アブドゥラーエフである。アブドゥラーエフは熱烈なイスラム過激派だ。そして、ことさら奇遇なことでもないが、ハットゥニはチェチェンワッハーブ派の本拠地でもある。第一次チェチェン戦争当時、アブドゥラーエフは、ハットゥニで、イチケリア報道・情報大臣で現国家情報局長のモフラジ・ウドゥーゴフと同じ家に住んでいた。ドック・ウマーロフが死亡すれば、イチケリア大統領の座は、アブドゥラーエフと同類の過激派の手に渡るだろう。もしも、そうなれば、チェチェン抵抗勢力内の超強硬派による過激化―無差別な自爆テロと交渉の放棄―が規定路線となるだろう。

 チェチェンの一般市民は、コーカサス首長国宣言についてどのような反応を見せているだろうか?反応は人それぞれだが、多くの市民が確信していることは、過激主義がチェチェン人の性質にそぐわないこと、そして、チェチェン人は純朴で騙されやすいために外部の影響を受けやすく、簡単に利用されてしまうということである。

 ルスラン(46歳)/政治科学ジャーナリスト/グローズヌイ:「独立派大統領ドック・ウマーロフのコーカサス首長国宣言は、独立派全体が過激化してきた結果でしょう。ところで、つい今『独立派』と言ってしまいましたが、これからはもうそう呼ぶべきではないと思います。彼らは今後、伝統主義者と見なされてきたスーフィーの聖人や長老の教えを説くのではなく、過激派イスラムを布教することで、戦いを有利に進めようとするのでしょうから。とはいえ、コーカサス首長国宣言によって利益を得るのはもちろんロシアの方だと思います。ゲリラたちが瓦解しつつあり、コーカサス首長国など建国できないことは、誰でも解っています。ですが、コーカサス首長国宣言によって、ゲリラたちは最後の支援までも手放そうとしています。つまり、一般の人々からの支持を。その一方で、ゲリラたちに流れるアラブ諸国からの財政支援は増加すると思います。アラブ諸国のスポンサーたちは、強力な支援を行い、ゲリラたちがイチケリアの独立以上に野心的な目的を宣言することを望んでいるのではないでしょうか。おそらく、チェチェン北コーカサス諸国の関係はすぐにでも悪化すると思います」

 モフラジ(33歳)/無職/[親ロシア派チェチェン政府に]恩赦された元ゲリラ/グデルメス:「大声では言えませんが、正直ゲリラたちが羨ましくて仕方ありません。彼らにアッラーのご加護があることを祈っています。コーカサス首長国がどのようなものになるかは問題ではありません。チェチェンで、そしてコーカサス全体に求められているものは、イスラム法なのです。ロシアにはコーカサスの人々に干渉する権利などありません。まったく。ロシアはこれまでの歴史の中で私たちを何度も侵略してきました。今度は私たちが彼らに奪われたものを取り返す番です。もっとも、米国や英国にまでジハードを宣言しているのはいかがなものかと思いますが。米国や英国には信心深いイスラム教徒が大勢います―彼らのことは彼らに任せておけばよいのです。要するに私が言いたいのは、他の国々に対してジハードを宣言するのは、恩知らずで余計なことだということです。神は人間をあるべき姿に作っているのですから、この点について、彼らの主張は間違っていると思います。イスラム教徒なら自分の国でジハードをするべきです。ゲリラたちも自分の国を解放することに専念するべきです」

 ザクレ・ネセルホエフ(49歳)/ミニバス運転手/グローズヌイ:「政治のことを考える時間なんてあんまりないんだが、これに関しては意見があるね。何だってコーカサス首長国なんて代物を作らなきゃいけないんだ?だいたい名前からして気に食わないね。首長国なんてこの世からなくなるべきじゃないのか?チェチェン人とイスラム教徒のために連中ができる最大の善行は、抵抗をやめて敗北を認めることだろう?もちろん、連中が鉄のような信念を持ってるってことは、俺だって解ってる。俺の息子も連中に感化されて、あと一歩でゲリラになっちまうところだった。だから、息子を思いとどまらせるために、そう言ってやったのさ。今じゃ息子は結婚して子どももいる。チェチェンを出て暮らしているよ。俺はもう息子のことは心配していない。孫のこともね。危険がないって解っているからな。だが、親が再教育に失敗した若い連中は山ほどいるだろう。そういう連中がゲリラになって、自分の命も人の命も奪っていくんだ」

 イリヤ(24歳)/イスラム学生/グローズヌイ:「伝統的なイスラムを信仰して、スーフィーの聖人の教えに従うことが、どうしてそんなにいけないことなのでしょう?ワッハーブ派は彼らに権威を認めていないけど、ほとんどのチェチェン人とイングーシ人は、謙遜と親愛を説く聖クンタ・ハッジの教えに従っています。ジハードとコーカサス首長国なんて考えは、まったく時代遅れじゃないですか?チェチェン人が彼らを支持することはないでしょう。僕たちはアダート(習慣法)を忘れるべきではありません。僕たちがイスラムの教えに背かずにいられるのは、アダートのおかげなのですから」

 ズリハン・バガエワ(22歳)/グローズヌイ大学女子学生:「何のことかよく解らないけど、政治には関わらない方がいいってことよね。もっともっと勉強しなくちゃ。そうすれば、私たちを悪い目的で利用しようとする人もいなくなるでしょ?パパがいつもそう言ってるもの。私が信用しているのはパパだけ」

 エルブルス(39歳)/作家/シャリンスキー地区:「コーカサス首長国宣言は、全世界の価値を否定して、全世界に宣戦布告をするものです。少なくとも私はそう思います。ゲリラたちは―特に彼ら自身にとって―これがどういう意味を持っているのかということをきちんと理解してはいないでしょう。おそらく彼らは外国のスポンサーからはより多くの支援を得られるようになるでしょうが、人々からは拒絶されることになるでしょう。挑発精神というようなものは、チェチェン人の気風にはありませんし、それに、これは挑発以外の何者でもないと私は確信しています。コーカサスの人々は、つねに賢明な決定と行動を取ってきましたし、他者を害するかもしれないことは行ってきませんでした。たとえそれが自分たちの利益を損なうものであったとしても。ところが、ここにギャング―というより盗賊―たちがいて、山の中を走り回りながら、コーカサス首長国宣言を唱えています。まったくお笑い草ですね」

 イリヤス・アルムルザエフ(40歳)/臨時建設作業員/グローズヌイ:「我々はロシアが崩壊するまで待つべきだったんだ。実際、多くのインテリたちは、遅かれ早かれロシアが崩壊するだろうと言っていたし、そうなれば我々は独立できたはずだった。だが、今また大衆煽動が始まっている。宣言するだけなら誰にだってできるだろう?俺にだってブルネイのスルタン[皇帝]になると宣言することはできる。でも、そうすれば俺はスルタンになれるのか?アホらしすぎて話にならないね。まともに取り合うだけバカバカしい。チェチェン人には、ドゥダーエフが大統領時代に宣言した世俗共和国があれば充分だ。歴代の大統領や首長とやらが死んでも、チェチェン民族は生き残っていくだろう?誰が正しくて誰が間違っていたは、歴史がそのときに判断することさ」