クルド人難民認定訴訟 異例の和解勧告なぜ?

 クルド人難民のムスタファさん家族の在留特別許可を求める署名はこちら:
 http://d.hatena.ne.jp/amm/20071003

 クルド人難民のムスタファさん家族の在留特別許可を求めるネット署名はこちら:
 http://merufo.biz/form/mustafa/form.cgi

 ジランちゃん一家については、こちらのブログをご覧ください。署名もあります。
 http://zilanchan.blog73.fc2.com/

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 http://www.tokyo-np.co.jp/reference/

クルド人難民認定訴訟 異例の和解勧告なぜ?

 2007年11月16日 東京新聞 

 難民として認定されずオーバーステイで強制退去処分を受けたトルコ国籍のクルド人男性とフィリピン国籍の妻、そして長女の一家3人が国に対して処分取り消しを求めた訴訟で、東京高裁が話し合いによる解決を提案した。事実上の和解勧告ともいえるこうした提案は極めて異例。国連難民条約に加入して以来、クルド人難民認定の実績がなく、冷遇ぶりが国際的に批判されている日本だが、この提案は一石を投じることになるのか――。(鈴木伸幸)

一家離散防止 国際的常識に

 強制退去処分の取り消しを求めた控訴審の第三回口頭弁論。今月八日、東京高裁の八二二号法廷に、寺田逸郎裁判長の声が響いた。「暫定的な解決かもしれないが、話し合いをしてみてはどうだろうか。必要なら裁判所が間に入ってもいい」
 原告はタスクンさん(三二)と妻ベルトランさん(四一)、そして日本生まれ日本育ちの長女ジランちゃん(六つ)。強制送還されると家族がバラバラになる可能性があり、その影響を子どもが一番受ける。関係者の間でも「ジランちゃん一家」として知られる、この一家に一筋の光が差した瞬間だった。
 「少数民族クルド人がトルコに帰国しても迫害されない」との考え方が支配的だった日本の裁判所だけに、従来通りなら地裁で処分取り消しが認められなければ、上級審ではそれが維持されるケースがほとんど。しかも、十月二日の第二回口頭弁論で「次回で結審の予定」とされていたため、原・被告の双方にとって予想外の提案。ジランちゃん一家を支援している関係者も一瞬、耳を疑った。
 通常なら一カ月から一カ月半後を次回の弁論日とするところを、寺田裁判長は約三カ月後の来年二月五日とした。「その間に話し合ってほしい」というメッセージが込められていることは明らかだ。国(法務省入国管理局)が話し合いに応じるかは分からない。さらには、提案に応じず、高裁が判決を下すとなると、地裁判決をそのまま維持する可能性も残る。
 それでも、難民支援協会(東京都新宿区)の石川えり事務局長代行は「前向きな提案。今後の推移を見守りたい」と一定の評価を与える。原告のタスクンさんも「いい方向に進む兆しのように感じる。少しホッとした」と話す。

日本生まれの子に不利益

 ジランちゃん一家の裁判には、二つの大きな争点がある。一つはタスクンさんの難民性。兵役義務のあるトルコで徴兵に応じれば、自分の同胞クルド人銃口を向けなければならない。だからタスクンさんは政治的信条から兵役を拒否して一九九二年に日本に逃れたのだが、法務省に難民申請しても認められなかった。
 過去に、日本からトルコに強制送還されたクルド人が当局から暴力行為を受け、収監された実例もあり、タスクンさんは「処分を受ければ、迫害される」と、難民としての正当性を主張している。
 もう一つは、強制送還されれば家族がバラバラになることが予想され、日本が批准している、家族の保護を定めた国際条約に反する点だ。同条約は「家族に対する恣意的な干渉をしてはならない」「家族は国による保護を受ける権利を有する」と定めている。

人権を無視した身柄拘束の報告

 一審判決は、いずれの争点でも、原告の訴えを退けたが、東京高裁はなぜ話し合いを提案したのか。十月二日の第二回口頭弁論から今回までの約一カ月間に何らかの変化があったのか。

悪化するトルコ情勢認識か

 関係者の間には「トルコからの分離独立を目指すクルド人の非合法武装組織、クルド労働党PKK)とトルコ軍の戦闘が最近、激化していることから、日本の司法当局がクルド人の立場をわずかながら認識した可能性」を指摘する声がある。
 十月上旬から、イラク国境に近いトルコ南東部で両者間の大規模な戦闘が相次ぎ、それぞれ数十人が犠牲になったとされる。トルコ軍は国境沿いに十万人規模の兵士を展開している。差別を受けがちなクルド人は、PKKの信条に共感する人が多く、現地の治安当局はPKKとは無関係なクルド人の動きにも敏感で、人権を無視した身柄の拘束なども報告されているからだ。
 原告代理人を勤める、クルド難民弁護団の大橋毅事務局長も、東京高裁の話し合い提案について「現地の状況から、タスクンさんの難民性についての認識を変えた可能性は否定できない」という。しかし、一方で「従来の姿勢からすると『当然のことを理解してもらった』で済む話ではない。どんな検討をしたか分からないが、少なくともこのまま強制送還することは望ましくないとの判断があったと感じる」と話す。
 今年五月に日本は国連の拷問禁止委員会で、人権意識の欠如を批判された。それもあってか、難民認定をめぐる最近の司法判断は、国際的な人権条約を取り上げることが少しずつだが増加傾向にあるという。ジランちゃん一家の裁判でも「東京高裁が『子どもの人権』や『家族の統合原則』を尊重した」と解釈をする関係者もいる。

一方で不認定のケース 揺れる司法判断 基準はあるの?

 だが、十月九日にはジランちゃん一家と同様に、フィリピン人を妻に持ち二人の娘がいるトルコ国籍のクルド人ムスタファ・チョラックさん(三二)が起こした「強制退去処分の取り消し訴訟」で最高裁が取り消しを認めなかったばかり。
 兵役を拒否して九三年に日本に逃れたチョラックさんのケースは、妻や娘に強制退去処分は出ていない。父親だけの処分取り消しを求めての裁判と、ジランちゃん一家の裁判は条件が異なるが、依然としてクルド人に対する厳しい司法判断が続いている現実を示している。

ミャンマー人は一部認められる

 チョラックさん代理人の田島浩弁護士によれば、チョラックさんは昨年一月に一家で難民申請をして認められず、異議申し立ての手続きをしている最中。このままなら、ジランちゃん一家のように一家で裁判で争うことになるという。
 ミャンマービルマ)人の難民認定裁判にも携わっている田島氏は、数は少ないながらもミャンマー人は一部が難民と認められ、一方のクルド人は全く認められない現実に「帰国して迫害を受ける恐れではビルマ人もクルド人も同程度なのに不可解。トルコではPKKが絡むという現実があるが、具体的にテロ活動と関係のないクルド人まで一緒くたにするのはおかしい」と批判。話し合い提案の成り行きに注視している。
 前述の大橋氏はジランちゃん一家の今後について「楽観はできないが、裁判所が話し合いへの介入の意思を示した、という事実は重い」と話す。「この話し合いで一家の将来は大きく左右される。国は一家が置かれている状況をよく考えてほしい」

デスクメモ

 年間数万人を難民認定する欧米先進国より三けた少ない日本を問題視する法務官僚も、実はいる。表現は悪いが、今のトルコ情勢やミャンマー情勢が、難民認定積極派官僚には好機。法務省の局長を務め、官僚の生態を知り尽くす寺田裁判長も、そこを見通したのだろうか。人権先進国への一里塚はどこに。(隆)

トルコ国籍クルド人

 第一次世界大戦までクルド人オスマン帝国の領内で生活していたが、同大戦で敗れたオスマン帝国の領土がトルコ、イラクなどに分断され、クルド人居住区も国境で分断された。トルコでは南東部に1000万人以上のクルド人が生活。少数民族として迫害を受け、分離独立運動も起こしている。

ビルマミャンマー

 言葉としては「にほん」と言うか「にっぽん」と言うのかの違いに似ているというが、民主化指導者アウン・サン・スー・チーさんを支持する人々は自国を「ビルマ」と、軍事政権側は「ミャンマー」と呼ぶ。日本では難民申請している人々は「ビルマ」と呼ぶ人が大半。