「放射線被ばくに関する基礎知識」についての質問【第2信】
(転送/転載歓迎・拡散希望)
おはようございます。
先日各方面から注目された「放医研の〈100ミリシーベルトまで安全〉の単位は〈生涯〉だった問題」に関して、より詳細な質問を行いました。また、過去の放医研とのやりとりを公開します。メディアの方々にも、活用していただければ幸いです。
「放射線被ばくに関する基礎知識」: http://chechennews.org/sharedoc/genpatsu_diary/i13_j1.pdf
今のところ、回答はありません(質問状の到着は確認されました)が、7月1日付けで、改訂版が発表されました。まさに、改訂したことが目立たないように、そっと変更されています。
なお、東京大学は、同様の記述をしていましたが、改めました。
東大サイトの放射線情報 「端的」過ぎる説明文訂正
学内の放射線を計測して公式サイトで公表している東京大学が、測定結果に「健康にはなんら問題はない」と付記してきた一文を、全面的に削除して書き換えた。市民からの問い合わせが相次ぎ「より厳密な記述に改めた」という。学内教員有志からも「安易に断定するべきではない」と批判が寄せられていた。
2011年6月18日17時13分 http://www.asahi.com/national/update/0618/TKY201106180200.html
問題の「放射線被ばくに関する基礎知識」は、放医研・放射線防護研究センターが作成したものだそうです。
なお、放医研の連絡先は次のとおりです:
独立行政法人 放射線医学研究所 企画部 広報課
Tel:043-206-3026 Fax:043-206-4062 mail: info@nirs.go.jp
それではまた明日まで、お元気で。(2、3日休みます)
「放射線被ばくに関する基礎知識」についての質問【第2信】
大富亮/フリーライター
2011年6月14日
放射線医学総合研究所 御中
時下、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
本年3月11日の福島第一原子力発電所における大事故はいまだに収束のめどがたたず、貴研究所におかれても、対応に追われていることと存じます。また多くの市民が、この事故による大量の放射能の放出に不安を抱き、国の研究機関である貴研究所からの正確かつ明瞭な情報提供を必要としています。
質問【第1信】について
さてわたくしは、貴研究所のサイトに掲載された「放射線被ばくに関する基礎知識 サマリー版第1号」(2011年4月8日公開。以下、「基礎知識」)を読み、相当に不適切な内容を含むものであると考え、【第1信】にていくつか質問をいたしました。その内容は、次のURLにて公開します。
門外漢である私の、ともすれば方向外れな質問にもお答えいただいたことに感謝しておりますが、残念ながら不十分な回答も多いので、残る疑問を公開質問いたします。多少、重複する部分もありますが、放射能についての知識を持ち合わせない多くの人々の理解を助けることにもなると思いますので、ぜひ、ご回答ください。
問題の文章
本質問状では、「基礎知識」の次のくだりを中心に、問題点を指摘します。
被ばくした放射線量が、例えばおよそ100ミリシーベルト未満では、放射線ががんを引き起こすという科学的な証拠はありません。(中略)日本人は元々約30%ががんで亡くなっています。仮に1000名の方が100ミリシーベルトの被ばくを受けたとすると、がんで亡くなる方が300名から305名に増加する可能性があります。
放射線による影響は、喫煙や食事などの生活習慣を原因とするがんの危険の数十分の一という低い値で、過度に心配する必要はありません。さらに、原子力発電所周辺の避難地域以外では、普通に生活をしている限り100ミリシーベルトを超えることは無いと考えられ、普段どおりの生活をしていただいて何ら問題はありません。(「基礎知識」p.1)
「基礎知識」には「心配する必要はありません」「健康に影響はありません」といった言葉があふれており、特にこの文章などは、避難地域以外の全地域に関する「安全宣言」として読むことすらできます。しかし状況はそれと正反対の方向へと進んでいます。現在も事故は収束しておらず、チェルノブイリ原発の3倍にものぼる核燃料が、密閉もされず、コントロール不能の状態で存在しており、放射性物質を封じ込めるいかなる試みも、成功していません。
「100ミリシーベルト/生涯」という記述の問題性
また、避難地域以外であっても、伊達市、南相馬市の一部では、計画的避難区域の基準以上の放射線量があり(朝日新聞6/6)、「普段どおりの生活をしていただいて何ら問題ありません」という一文は、現在では間違いです。この点、ただちに修正されることを求めます。現実には、ここ数年以内に100ミリシーベルトを超える累積線量を被ばくする人々が読者のうちに存在するとき、この文言は犯罪的です。
先の【第1信】で、ここでいう100ミリシーベルトが、毎時でも毎年でもなく、「生涯」を通しての数字であることが、貴研究所から明らかにされました。これには2つの意味で問題があると考えます。
ひとつは、現在の新聞・テレビなどでの報道、および内閣府などからの発表において、健康被害に関する被ばく単位の期間は毎時または毎年として発表されており、「ミリシーベルト/生涯」として一般向けに公表されている情報はほとんど皆無です。そのような中で、文書中のどこにも「生涯」と特記することなく100ミリシーベルトの数字が公表されることで、大きな誤解が生まれています。
じじつ私の周囲では、前回の【第1信】の内容を知ったかなりの人が「100ミリシーベルト/年までなら安全だという意味だと思っていた」と話し、波紋が広がっています。また、東京外国語大学などでは、この「基礎知識」を21か国語に翻訳して、在日外国人に向けた情報提供に使っていますが、結果として、この誤解を日本人だけでなく、日本語メディアにアクセスできない外国人滞在者にも広げています。放医研は責任の重さを自覚し、記述を改めてください。
放射線に「安全な量」は存在しない
もうひとつの、より大きな問題点は、「基礎知識」が「100ミリシーベルトまでの範囲ではがんに至るという証拠はない」と断言し、読者である一般市民に、ここでもあやまった情報を伝えていることです。放医研が依拠する国際放射線防護委員会(ICRP)の見解にもあるとおり、晩発性障害には、これ以下では発がんが見られないという「しきい値」は発見されていません。また、BEIR VII報告などからも明らかなように、「放射線には安全量は存在しない」ということは、国際的な合意事項です(私はICRPの見解も不十分に感じていますが、ひとまず議論をここに絞ります)。
福島県はもとより、関東甲信の広い範囲で「ホットスポット」が発見されているにもかかわらず、「普段どおりの生活をしていただいて何ら問題ありません」というのは、一体どのような感覚なのか、理解に苦しみます。残念ながら放医研は人々を放射能から守るための研究ではなく、内容の伴わない文書で人々を「安心」させることに汲々としていると言わざるを得ません。私が、貴研究所の姿勢に関して、根本的な疑問を感じるゆえんです。
生活習慣と放射能を混同しないこと
次に、生活習慣によるがんリスクと、放射能によるがんリスクとを、「基礎知識」が乱暴にも比較対象にし、その上、被ばく者の年齢も無視していることの問題に触れます。言うまでもなく、幼児期に喫煙や飲酒をするケースは圧倒的に少なく、成人後であっても、これらは選択的に行う行為です。受動喫煙の問題についても、現在ではかなり全面禁煙のスペースが拡大していることから、リスクは軽減の方向にあると思います。
その一方で、放射能は事故現場を中心に広く大気中、地中、水中に拡散し、望むと望まざるに関わらず、その風下にいるすべての人が被ばくするという性質があります。言い換えると、ある地域に生活する人は、強制的に放射能に被ばくさせられるのです。だからこそ放射能は厳しく管理されているのであり、任意的なリスクと、強制的なリスクは、本来混同してはならないもののはずではないでしょうか。
たらい回し
私は上記のような理由から、「基礎知識」の内容は社会通念上間違っていると【第1信】にて指摘しました。とりわけ「原子力緊急事態宣言」のもと、事故収束の見通しすらつかない段階で、「普段どおりの生活をしていただいて何の問題もありません」と広くアナウンスすることの問題性について、放医研の責任ある見解を求めましたが、回答は次のようなものでした。
ご意見については、行政の判断に対するものと思われます。私どもでも機会があれば、ご意見について国に伝えたいとは思いますが、直接、ご意見を関係行政機関に伝えられる方が適当と思います。(2011/6/11放医研)
これには正直なところあ然とし、やがて悲しい気持ちになったことを申し添えます。【第1信】のやりとりは、単に放射線医学総合研究所による「基礎知識」の内容についてのみ質問をしており、他の「関係行政機関」がどこなのか見当もつきません。乏しい知識なりに、真剣に質問する者に対して、このような安易なたらい回しをするのはやめてください。
まとめ
ここで、これまでの質問をまとめます。
- 報道によれば、避難地域以外であっても、計画的避難区域の基準以上の放射線量があり、「普段どおりの生活をしていただいて何ら問題ありません」という一文は、明らかな誤りと考えられますが、如何(いかが)。
- 「基礎知識」に言う100ミリシーベルトが、「生涯」を通しての数字であり、一般の報道とは異なることを、文書中にわかりやすく記述するべきと考えますが、如何。
- 100ミリシーベルト以下ではがんに至るという証拠がないと断言することは、放医研が依拠するICRPの見解にも反し、「放射線には安全量は存在しない」という国際的な合意にも反すると考えますが、如何。
- 放医研はこのような文書を発行し、本来なら避難や除染の形で、放射能から防護されるべき人々を、なんら防護措置のない状態に放置する政策を助けていると考えますが、如何。
- 生活習慣による選択的ながんリスクと、放射能による強制的ながんリスクとを、比較対象にするのは、そもそも妥当でないと考えますが、如何。
上記、質問いたします。私の認識に誤りがありましたら、ぜひともご指摘いただきたく存じます。なお本質問は、私のウェブサイト「バイナフ自由通信+原発ダイアリー」にて公開いたします。貴研究所におかれては、本状を確認次第、返答の期日をお知らせください。
敬具
質問状 pdf形式(131KB): http://chechennews.org/sharedoc/genpatsu_diary/20110614nirs_01.pdf