ディアスポラのチェチェン
(6/26 プラハ・ウォッチドッグ)1992年にポーランドに出国した、チェチェン 共和国独立貿易ユニオンの会長を務めたラムザン・アンプカエフ氏へのインタビュー。現在はチェチェンディアスポラのリーダーでもある。
PW:あなたは長いことチェチェン戦争による移住者(難民)のために働いていますが、海外にチェチェン人はどれだけいるのでしょうか?
ラムザン・アムブカエフ:ざっと調べたところでは、10万人以上のチェチェン 人がヨーロッパにいますね。独立国家共同体(CIS)にいる人たちは別として。 この人々のほとんどは、ヨーロッパに来てから子どもを設けてもいます。チェ チェンからの難民は毎日のように到着しています。チェチェン人の、歴史的な 領土からの脱出が続いているわけです。4、50人の人が、毎日ポーランドとベ ラルーシの国境をこえてきます。これだけの多くの人々がヨーロッパに来ると 言うのは、もはやチェチェンの歴史的な出来事になったと言ってもいいでしょう。
PW:だいたいの国別分布を教えてもらえますか?
いちばん多いのはオーストリアですね。公式データでは、昨年の時点で1万6千 人が生活しているといいます。この数字は増えつづけていると思います。ドイ ツとベルギーにそれぞれ1万人、たぶん同じくらいの人数がフランスにいま す。ノルウェー、スウェーデン、デンマークがこれに次ぎます。率直に言っ て、チェチェン難民はヨーロッパのどの国にもいます。最も少ないのがモロッコで、12人ほどいます。
PW:その人たちはどうやって新しい土地の生活に適応しているのでしょう?
いろいろですね。ベルギーやフランス、ノルウェーなどの西側諸国では、難 民の生活条件はほとんどおなじです。水準の高いところもあれば、まあまあの ところもあります。社会保障や医療、教育、そういったものから言って。しか しポーランドやスロバキア、チェコの難民たちの生活はチェチェン以下です。 スペインも似たようなもので、社会的な足スタンスがないのです。スペインで は、もし仕事をみつけられなければ、政府の割り当てた小さな部屋で何年も暮 らさなければならないのです。
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